財布に日本円がなくて、店の前で立ちすくんでしまう旅行者がいます
小さな商店街を歩いていた、アメリカから来た旅行者がいました。おいしそうな匂いに誘われて、小さな定食屋の前で足を止めました。
しかし、店の入り口には「現金のみ」という貼り紙。旅行者は、財布の中を確認しましたが、日本円はほとんど残っていませんでした。
自分の国では、クレジットカードやスマホをかざすだけで、支払いはほとんど終わってしまいます。
関連する記事 外国人観光客向けQRコード決済比較|Alipay・WeChat Pay・PayPayはどう違うか
現金を持ち歩くことすら、めったにありません。それなのに、この店では、現金がなければ食事すらできない。
旅行者は、その場に立ちすくんでしまいました。結局、お腹をすかせたまま、コンビニのATMを探して歩き回ることになりました。
こんな悔しい思いを、旅行者にさせてしまっていいのでしょうか。せっかく日本を選んで来てくれたのに、支払いの場面でつまずいてしまう。
これは、決して珍しい光景ではありません。実は、日本という国そのものが、世界の中でもキャッシュレス化が遅れている国だという事実が、この背景にはあります。
日本のキャッシュレス化は世界と比べてどれくらい遅れているのか
日本のキャッシュレス決済の割合は、2024年の時点でおよそ42.8パーセントとされています。現金以外の方法で支払われる金額が、全体の半分にも満たないということです。
10年ほど前は、この割合が13パーセントほどしかなかったことを考えると、確かに大きく伸びてはいます。しかし、世界の他の国々と比べると、まだまだ低い水準にとどまっています。
例えば、韓国では、キャッシュレスで支払われる割合がおよそ99パーセントにまで達しているとされています。中国でも、80パーセントを超える水準にあります。
つまり、韓国や中国から来る旅行者にとっては、現金をほとんど使わない生活が当たり前になっており、財布に現金を入れて持ち歩くという習慣自体、あまり馴染みのないものになっているのです。
そうした国々から日本に来た旅行者が、街の小さなお店で「現金のみ」という貼り紙を目にした時、どれほど戸惑うか、想像してみてください。
自分の国では当たり前だったはずの支払い方法が、日本ではまったく通用しない。これは、単なる不便さでは片付けられない、大きな戸惑いです。
日本という国そのものが、まだ現金を中心とした社会から抜け出しきれていない。この事実こそが、外国人観光客が支払いの場面で困ってしまう、根本にある大きな理由なのです。
外国人観光客が日本で支払いに困る理由
①クレジットカードが使えない店がまだ多い
海外から来る旅行者にとって、クレジットカードは、生活の一部と言えるほど当たり前の支払い方法です。
大きなお店だけでなく、小さな個人商店であっても、カードで支払えることが、ごく普通の光景として根付いている国は少なくありません。
しかし、日本では、都市部の大きなお店や、有名な観光地であればカードが使える一方で、地方の小さな飲食店や、昔ながらの商店では、いまだに現金だけしか受け付けていないお店が数多く残っています。
旅行者は、街を歩きながら、目についたお店にふらりと入ることがよくあります。その時、財布の中にあるのがカードだけだったら、どうなってしまうでしょうか。
想像してみてください。長い時間をかけて計画してきた旅行の中で、せっかく見つけたお気に入りのお店に入ったのに、レジの前で「カードは使えません」と言われてしまう。
その瞬間の落胆は、決して小さなものではありません。楽しい気持ちで満たされていたはずの旅の思い出に、小さな影が差してしまうのです。
カードが使えないという、たったそれだけのことが、旅行者にとっては、旅の満足度を大きく左右する出来事になってしまいます。
②現金しか使えず、両替や引き出しに苦労する
カードが使えないお店に出会ってしまった旅行者は、次にどうするでしょうか。多くの場合、近くのATMやコンビニで、現金を引き出そうとします。しかし、ここでもまた、思わぬ壁にぶつかってしまうことがあります。
海外で発行されたカードは、日本のすべてのATMで使えるわけではありません。
使えるATMが限られていることに気づかず、何台もATMを回った末に、ようやく引き出せる機械を見つけた、という話も珍しくありません。
慣れない土地で、言葉も自由に使えない中、こうした経験を何度もすることになれば、旅行者の心には、大きな疲れと不安が積み重なっていきます。
さらに、両替の問題もあります。空港では両替ができても、地方の観光地では、両替できる場所自体が近くに見当たらないことがあります。
手元の外貨をどうすればいいのかわからないまま、現金を使わなければならない場面に直面し、途方に暮れてしまう旅行者もいます。
本来であれば、旅の思い出づくりに使うはずの時間や気力を、現金を探すことに使わされてしまう。これは、旅行者にとって、本当にもったいないことです。
③使える決済方法が店によってバラバラで予測できない
さらに旅行者を悩ませるのが、お店ごとに使える決済方法がまったく統一されていない、という問題です。
あるお店ではクレジットカードが使えたのに、隣のお店ではQRコード決済しか対応していなかったり、また別のお店では現金しか受け付けていなかったりします。
日本人であれば、なんとなくの経験から、「このタイプのお店ならカードが使えそうだ」「小さな居酒屋なら現金の方が確実だ」という感覚を持っています。
しかし、日本を訪れたばかりの旅行者には、そうした土地勘や経験の蓄積がありません。一軒一軒のお店に入るたびに、「今度はどの支払い方法が使えるのだろう」と、毎回不安を抱えながら過ごすことになってしまいます。
この予測できなさこそが、旅行者の心を、じわじわと疲弊させていきます。
一つのお店でカードが使えなかったという経験をすると、次のお店に入る時も、また同じように断られるのではないかと、身構えてしまうようになります。
楽しいはずの買い物や食事の時間が、いつの間にか、支払い方法を気にしながら過ごす、緊張した時間に変わってしまうのです。
お店ごとの対応がバラバラであるということは、旅行者一人ひとりに、余計な不安を背負わせ続けているということでもあります。この現実を、店舗側は、もっと重く受け止める必要があります。
なぜ日本の小さな店ではキャッシュレス化が進みにくいのか
ここまで、外国人観光客が支払いで困ってしまう理由を見てきました。しかし、こうした状況は、店舗側にも、それなりの事情があることも事実です。
まず大きいのが、手数料への不安です。キャッシュレス決済を導入すると、支払われた金額の数パーセントが、手数料として差し引かれてしまいます。
日々の売り上げがそれほど大きくない小さなお店にとって、この数パーセントという数字は、決して軽く見過ごせるものではありません。
せっかくの利益が、手数料で削られてしまうのではないかという不安が、導入をためらう理由になっています。
また、機械の操作や、新しい仕組みを覚えることへの抵抗感も、見過ごせない要因です。
長年、現金でのやり取りに慣れてきた経営者にとって、新しい決済端末を扱うことは、想像以上に高いハードルに感じられます。
特に、高齢の経営者が営むお店では、「今さら新しいことを覚えるのは大変だ」という気持ちが、導入を後回しにする理由になりがちです。
しかし、ここで正直に伝えなければならないことがあります。それは、こうした「様子見」を続けている間にも、目の前を、支払いにつまずいた旅行者が、何人も通り過ぎているという現実です。
手数料への不安、操作への抵抗感、その気持ちはよくわかります。しかし、その不安を理由に一歩を踏み出さずにいることが、実は、目の前にある大きなチャンスを、自らの手で逃し続けているということでもあるのです。
外国人観光客が日本に落とすお金は、今後さらに大きくなっていくと見込まれています。その大きな流れの中で、支払いの入り口でつまずかせてしまうことは、あまりにも惜しいことです。
小さな店舗が今すぐ取り組める一歩
キャッシュレス決済の導入は、多くの人が思っているほど、大がかりで難しいものではありません。手数料への不安や、機械への抵抗感がある気持ちはよくわかります。
しかし、今は、小さなお店でも無理なく始められる仕組みが、以前よりもずっと整ってきています。
まず知っておいてほしいのは、複数の決済方法を、一つずつ個別に契約する必要はないということです。
決済代行サービスと呼ばれる仕組みを使えば、クレジットカードやQRコード決済など、複数の支払い方法を、一つの申し込みでまとめて導入することができます。
初期費用が無料から数千円程度で始められるサービスも多く、キャンペーンを利用すれば、決済端末そのものが無料になる場合もあります。
すべての決済方法を、最初から完璧に揃えようとする必要もありません。まずはクレジットカード一つ、あるいはQRコード決済一つからでも構いません。
小さく始めて、少しずつ広げていくという考え方で、十分に前進することができます。
そして何より伝えたいのは、この一歩を踏み出すかどうかで、これから先、何人もの旅行者が、あなたのお店で気持ちよく買い物や食事を楽しめるかどうかが決まる、ということです。
手数料への不安を理由に立ち止まり続けるよりも、今日、小さな一歩を踏み出すことの方が、これからのお店にとって、はるかに大きな意味を持ちます。
支払いの不安をなくすことが、選ばれる店になる第一歩です
支払い方法一つで、旅行者の旅の思い出は、大きく変わってしまいます。
楽しみにしていたお店で、カードが使えずに断られてしまった時の落胆。現金を探して、慣れない街を歩き回った時の疲れと不安。
こうした小さなつまずきの一つひとつが、その旅行者にとって、日本という国そのものの印象を、静かに曇らせていってしまいます。
反対に、支払い方法に困ることなく、スムーズに買い物や食事を楽しめたなら、旅行者の心には、日本という国への、あたたかい印象が残ります。
そして、その良い印象は、また日本を訪れたいという気持ちにつながり、時には、周りの人に日本を勧める言葉にもつながっていきます。
支払いの入り口を整えることは、決して特別なことでも、大がかりなことでもありません。しかし、その小さな準備が、旅行者にとっては、旅そのものの満足度を左右する、とても大きな意味を持っています。
現金のみという貼り紙の前で、立ちすくんでしまう旅行者を、これ以上増やしたくない。
そう心から願うのであれば、今日からできる小さな一歩を、ぜひ踏み出してみてください。その一歩が、これから先、あなたのお店を選んでくれる、たくさんの旅行者との出会いにつながっていくはずです。


