受け取った後も、油断してはいけない理由があります
ある飲食店の経営者は、長い時間をかけて申請書を書き上げ、ようやく補助金の採択を勝ち取りました。
新しい厨房設備が届いた日、経営者は、大きな達成感に包まれました。これでようやく、長年の悩みだった古い設備を新しくできる。そう思うと、肩の荷が下りたような気持ちになりました。
しかし、その安心感が、思わぬ落とし穴になってしまうことがあります。数年後、経営者は、店の経営方針を変えることになり、その厨房設備を、知り合いの飲食店に譲ることにしました。
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悪気があったわけではありません。ただ、補助金で購入した設備には、決められた期間、勝手に処分したり、譲ったりしてはいけないという決まりがあることを、知らなかったのです。
後日、この譲渡が発覚し、経営者のもとには、補助金の一部を返還するようにという、思いがけない通知が届きました。
補助金は、採択されて、お金が振り込まれたら、それで終わりというものではありません。実は、受け取った後にも、守らなければならない、いくつもの決まりが存在しています。
この決まりを知らないまま行動してしまうと、せっかく受け取った補助金を、後になって返還しなければならない事態に陥ってしまいます。
補助金を受け取った後、どのようなことをすると返還を求められてしまうのか、そして、それを防ぐために何を気をつければいいのかを、基本から整理します。
補助金は「もらって終わり」ではないという基本の考え方
補助金は、国民から集められた税金など、大切な財源をもとに支払われています。だからこそ、その使い道には、公正さと、効率の良さが厳しく求められています。
補助金を受け取った事業者には、その交付の目的に沿って、誠実に事業を行い続ける義務があります。
多くの人は、補助金というものを、「審査に通れば、お金がもらえて、それで完了する制度」だと考えがちです。
しかし、実際には、補助金で購入した設備や、実施した取り組みが、その後も、申請時に約束した目的通りに使われ続けているかどうか、一定の期間にわたって、見守られ続けているのです。
特に、機械や設備など、金額の大きいものについては、処分制限期間と呼ばれる、決められた期間が設けられています。
この期間の中では、その設備を、勝手に処分したり、他人に譲ったり、目的とは違う使い方をしたりすることが、厳しく制限されています。
つまり、補助金を受け取るということは、その後も一定期間、決められたルールを守り続けるという、責任を引き受けることでもあるのです。
この基本の考え方を知らないまま、採択後の生活を送ってしまうと、思いがけない場面で、返還を求められることになりかねません。
補助金を受け取った後に返還を求められる具体的なケース
①計画と違う目的で使ってしまった
補助金を申請する時には、「この設備を導入して、こういう取り組みを行い、こういう成果を目指します」という、具体的な計画を提出しています。
補助金は、この計画に沿って使われることを前提に、交付されています。
しかし、実際に事業を進めていく中で、当初の計画とは違う目的で、その設備を使ってしまうことがあります。
例えば、多言語対応のためのタブレット端末を導入する計画で補助金を受け取ったにもかかわらず、実際には、そのタブレットを、まったく別の業務にだけ使ってしまっていたとしたら、これは、交付の目的に反する使い方、いわゆる目的外使用にあたる可能性があります。
このような目的外使用が発覚すると、補助金の交付決定そのものが取り消され、すでに受け取った補助金の返還を求められることになります。
事業を進める中で、当初の計画から少し内容がずれてしまうことは、珍しいことではありません。
しかし、その変更が、補助金の交付目的から大きく外れるものである場合は、返還の対象になってしまう可能性があることを、しっかりと理解しておく必要があります。
②決められた期間内に、設備を処分・譲渡・貸し出ししてしまった
補助金を使って購入した、建物や機械、備品といった財産には、処分制限期間と呼ばれる、一定の期間が設けられています。
この期間の中では、その財産を、取り壊したり、廃棄したり、他の目的に使ったり、他人に貸し出したり、譲ったりすることが、原則として認められていません。
冒頭で紹介した経営者のケースが、まさにこれに当たります。
厨房設備を、処分制限期間の中で、知り合いの飲食店に譲ってしまったことが、財産処分の制限に違反する行為とみなされ、返還を求められる結果につながりました。
この処分制限期間は、補助金の種類や、財産の内容によって、長さが異なります。数年にわたる場合もあれば、それより短い場合もあります。
もし、どうしても、この期間内に設備を処分したり、譲渡したりする必要が出てきた場合には、自己判断で進めるのではなく、事前に、補助金の窓口に相談し、承認を得る手続きを踏む必要があります。
事情によっては、承認を得た上で、処分が認められることもありますが、無断で行ってしまうと、返還の対象になってしまいます。
事業を続けていく中では、設備の入れ替えや、事業内容の見直しが必要になる場面も出てくるはずです。
しかし、補助金で購入した財産については、この処分制限期間があることを、常に頭の片隅に置いておくことが大切です。
③実績報告をしなかった、または虚偽の報告をした
補助事業を実施した後には、その内容や成果を、決められた期限までに報告する、実績報告という手続きが求められます。
この報告を通じて、補助金が、計画通りに正しく使われたかどうかが、確認されることになります。
しかし、日々の忙しさに追われる中で、この実績報告の提出を、うっかり忘れてしまったり、期限を過ぎてしまったりすることがあります。
実績報告を行わなかった場合、補助金の交付決定が取り消され、すでに受け取っていた補助金の返還を求められることになります。
さらに深刻なのが、事実と異なる内容を報告してしまうケースです。
例えば、実際には購入していない設備を購入したことにしたり、実施していない取り組みを実施したことにしたりして、報告書を作成してしまうと、これは、単なる返還だけでは済まされない、重大な問題に発展する可能性があります。
悪質な虚偽報告と判断された場合には、返還に加えて、法律に基づく罰則が科されることもあります。
実績報告は、面倒に感じられる作業かもしれません。しかし、これは、補助金を正しく使ったことを証明するための、大切な手続きです。
期限をしっかりと把握し、正確な内容で報告を行うことが、後々のトラブルを防ぐための、欠かせない一歩になります。
④賃上げなど、加点要件として約束した内容を実行しなかった
補助金の申請時には、審査の点数を上げるために、賃金の引き上げなど、いくつかの追加の取り組みを、計画に盛り込むことができる場合があります。
こうした加点項目は、採択される可能性を高めてくれる、有効な工夫です。
しかし、ここで気をつけなければならないのは、申請書に書いた以上、それは単なる希望ではなく、実行することを約束した計画として扱われるということです。
例えば、「従業員の給与を、一定の水準まで引き上げます」という内容を申請書に盛り込んで採択されたにもかかわらず、実際にはその賃上げを実行しなかった場合、この約束を果たさなかったとみなされ、補助金の一部、または全部の返還を求められることがあります。
事業を進めていく中で、経営状況が変化し、当初約束した通りの賃上げが難しくなってしまうことも、現実にはあり得ます。
そうした場合には、状況が変わった時点で、早めに窓口へ相談することが大切です。何も伝えないまま、約束を守らずに放置してしまうことが、最も避けるべき対応です。
加点項目は、採択の可能性を高めてくれる、心強い味方です。しかし、その分、実行する責任も、あわせて背負うことになるという点を、申請の段階から、しっかりと理解しておく必要があります。
返還を求められないために、採択後に気をつけたいこと
ここまで紹介してきた4つのケースに共通しているのは、どれも、採択された後の決まりを、正しく理解していなかったことが原因になっているという点です。
だからこそ、採択された後こそ、気を引き締めて向き合うべき、大切な期間なのです。
まず大切なのが、補助金で購入した設備について、いつまで、どのように使い続けなければならないかを、しっかりと把握しておくことです。
処分制限期間がいつまでなのか、その期間中に、どのような行為が制限されているのかを、交付が決まった時点で、書類を確認しながら、正確に理解しておく必要があります。
次に大切なのが、実績報告の期限を、忘れずに管理しておくことです。カレンダーやスケジュール帳に、報告の期限をあらかじめ書き込んでおくなど、忘れないための工夫をしておくと安心です。
そして、何よりも大切なのが、計画に変更が必要になった時、自己判断で進めないということです。事業を続けていく中で、当初の計画通りに進まないことは、誰にでも起こり得ます。
そうした時には、黙って自分の判断で進めてしまうのではなく、必ず事前に、補助金の窓口に相談することを徹底してください。
事情を正直に伝えれば、承認を得た上で、計画を変更できる場合もあります。
採択された後の一つひとつの手続きを、面倒だと感じてしまうこともあるかもしれません。しかし、この手続きを丁寧に踏むことこそが、思いがけない返還という事態を防ぐための、最も確実な方法です。
補助金は信頼のもとに成り立つ制度です
冒頭で紹介した経営者は、悪気なく設備を譲ってしまったことで、返還という、思いがけない結果を招いてしまいました。
この経営者のように、決まりを知らなかったというだけで、後になって、大きな負担を背負うことになるのは、あまりにも悔しいことです。
補助金という制度は、国民から集められた、大切な税金をもとに成り立っています。だからこそ、受け取った事業者には、その使い道について、誠実に向き合い続けることが求められています。
採択された時の喜びだけで満足してしまうのではなく、その後も、決められた期間、決められた約束を、きちんと守り続けること。これこそが、補助金という制度に対する、事業者としての責任です。
そして、この責任をきちんと果たすことは、単に返還を防ぐためだけではありません。
決まりを守り、誠実に事業を続けてきた実績は、次に別の補助金を申請しようとする時にも、大きな信頼として積み重なっていきます。
補助金は、もらって終わりの制度ではありません。受け取った後も、その約束を守り続けることこそが、これから先も、安心して制度を活用し続けるための、確かな土台になっていきます。


