大手ホテルの真似をしようとして、疲れ果てていませんか
客室数8室の小さな旅館を、夫婦二人で営むご主人がいました。
近くにある大きなホテルが、多言語対応のタブレット端末や、24時間対応の外国語コールセンター、専属の通訳スタッフまで用意していると知り、自分の宿でも同じように整えなければならないと、焦りを感じるようになりました。
しかし、実際に同じレベルの設備を整えようとすると、費用も、人手も、まったく足りません。
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夫婦二人で、掃除も、接客も、経理も、すべてをこなしている中で、大きなホテルと同じ対応を目指すことは、現実的ではありませんでした。
ご主人は、次第に、何から手をつければいいのかわからなくなり、疲れ果ててしまいました。
大きなホテルと、小さな宿泊施設とでは、そもそも持っている人手も、予算も、まったく違います。それなのに、同じやり方をそのまま真似しようとすれば、無理が生じるのは、当然のことです。
さらに言えば、インバウンドという需要そのものが、為替や国際情勢によって、ある日突然、大きく変わってしまうものでもあります。
大きなホテルであれば、国内客とインバウンド、複数の柱で経営を支えることができますが、小さな宿泊施設が、この変動の大きい需要だけに頼りきってしまうことにも、注意が必要です。
客室数10室以下の、小さな宿泊施設には、大手とは違う、現実的な進め方があります。
なぜ小さな宿泊施設には、大手とは違う進め方が必要なのか
大きなホテルには、フロント専門のスタッフ、清掃を担当するスタッフ、予約管理を専門に行う部署など、役割ごとに分かれた、専属の担当者がいます。
それぞれの担当者が、自分の持ち場に集中できるからこそ、多言語対応や、細やかな設備投資も、少しずつ実現していくことができます。
しかし、客室数10室以下の小さな宿泊施設では、事情がまったく違います。
経営者自身が、フロント業務も、清掃も、予約の管理も、時には調理まで、何役もこなしていることが、珍しくありません。
一人、あるいは少人数で、宿全体を切り盛りしている中で、大手と同じ規模の設備や、対応を整えようとすれば、日々の業務が回らなくなってしまいます。
だからこそ、小さな宿泊施設に必要なのは、大手のやり方をそのまま真似ることではなく、限られた人手と時間の中で、優先順位をつけて取り組むという発想です。
すべてを一度に整えようとせず、外国人宿泊客にとって、特に困りやすい部分から、順番に手をつけていく。この考え方が、無理なくインバウンド対応を進めていくための、大切な土台になります。
客室数10室以下の宿が整える順番
①予約段階での多言語対応
最初に整えたいのが、実際に宿泊客が訪れる前の、予約の段階での対応です。外国人旅行者の多くは、予約サイトに掲載されている情報を見て、宿泊するかどうかを決めます。
この最初の入り口で、必要な情報が伝わっていなければ、そもそも予約にすらつながりません。
予約サイトに掲載する説明文や、部屋の写真の説明を、英語だけでも用意しておくことが、最初の一歩になります。
長い文章である必要はなく、部屋の広さや、館内の設備、周辺の観光地までの距離といった、基本的な情報が伝われば十分です。
さらに、予約の前後に届く、外国語での問い合わせにも、対応できる準備をしておきます。すべてを完璧な英語で返す必要はありません。
翻訳ツールを使いながらでも、丁寧に返信をすることで、宿泊客は、安心して予約を進めることができます。
予約の段階でのつまずきは、宿泊客がその宿を選ぶかどうかを、直接左右してしまいます。
だからこそ、限られた人手の中でも、まず最初に整えるべき部分として、この予約段階での対応を、優先して取り組むことが大切です。
②チェックインと館内案内
予約の段階を整えたら、次に取り組みたいのが、実際に宿泊客が到着した時の、チェックインと、館内での案内です。
大きなホテルのように、多言語対応のタブレット端末や、専属の通訳スタッフを用意することは、小さな宿泊施設には難しいかもしれません。
しかし、簡単な工夫だけでも、宿泊客の戸惑いを、大きく減らすことができます。
例えば、館内の設備や、館内で気をつけてほしいことをまとめた、簡単な多言語の案内表示を用意しておきます。
お風呂の使い方、Wi-Fiのパスワード、朝食の時間など、宿泊客が滞在中に必要とする情報を、一枚の紙にまとめておくだけでも、十分な効果があります。
チェックインの時には、経営者やスタッフが、身振り手振りを交えながら、簡単な言葉で、直接説明することも、大きな安心材料になります。
完璧な語学力がなくても、一つひとつの案内を、丁寧に伝えようとする姿勢は、宿泊客にしっかりと伝わります。
大がかりな設備投資をしなくても、紙一枚の案内と、心のこもった説明があれば、チェックインから滞在中の戸惑いを、大きく減らすことができます。
③支払い方法の確保
チェックインと館内案内を整えたら、次に取り組みたいのが、支払い方法の確保です。
現金しか受け付けていない宿泊施設では、海外から発行されたカードしか持っていない旅行者が、支払いに困ってしまうことがあります。
すべての決済方法に対応する必要はありません。まずは、クレジットカードと、代表的なQRコード決済のうち、一つか二つだけでも導入しておくことで、多くの旅行者に対応できるようになります。
決済代行サービスを利用すれば、初期費用を抑えながら、複数の決済方法をまとめて導入することもできます。
小さな宿泊施設にとって、決済端末の導入費用や、手数料は、決して軽い負担ではありません。
しかし、支払いの手段が限られていることで、宿泊自体を諦められてしまう可能性を考えると、最低限のキャッシュレス決済を用意しておくことは、優先順位の高い準備の一つです。
すべてを一度に揃えようとせず、まずは一つの決済方法から始め、様子を見ながら、少しずつ広げていくという進め方でも、十分に前進することができます。
④口コミへの対応
最後に整えたいのが、口コミへの対応です。大きなホテルでは、日々、何十件、何百件という口コミが寄せられ、そのすべてに目を通し、返信することが、大きな負担になることもあります。
しかし、客室数10室以下の小さな宿泊施設であれば、寄せられる口コミの件数も、それほど多くありません。
この件数の少なさは、実は、小さな宿泊施設にとって、大きな強みになります。一件一件の口コミに、時間をかけて、丁寧に向き合うことができるからです。
宿泊客が書いてくれた感想に、心のこもった、具体的な返信をすることで、「この宿は、一人ひとりのお客さんを、大切にしている」という印象を、これから訪れる旅行者に伝えることができます。
大手ホテルのような、定型文で済ませる返信ではなく、その宿泊客との、実際のやり取りを思い出しながら書く、個人的な言葉こそが、小さな宿ならではの魅力になります。
件数が少ないからこそ、一件一件に、じっくりと向き合う。この積み重ねが、大きなホテルにはまねのできない、信頼を築いていく力になります。
大手にはできない、小さな宿だからこその強み
ここまで、予約、チェックイン、支払い、口コミという順番で、整えるべきことを紹介してきました。
しかし、小さな宿泊施設には、こうした対応を整えていく中で、大手にはない、独自の強みがあることも、忘れてはいけません。
大きなホテルでは、宿泊客一人ひとりと、経営者が直接顔を合わせる機会は、ほとんどありません。
しかし、客室数10室以下の宿泊施設では、経営者自身が、チェックインから、館内の案内、時には食事の場面まで、直接顔を合わせて対応することができます。
この距離の近さこそが、大手には出せない、大きな価値です。
言葉が完璧に通じなくても、経営者が、直接、笑顔で迎え入れ、丁寧に案内をしてくれる。
この温かい対応は、外国人旅行者にとって、大きなホテルでは味わえない、特別な体験として、記憶に残ります。設備の充実さや、対応言語の多さで、大手と張り合う必要はありません。
一人ひとりに向き合う、きめ細やかなおもてなしこそが、小さな宿泊施設が選ばれるための、確かな武器になります。
身の丈に合った順番で整えることが、一番の近道です
冒頭で紹介した旅館のご主人は、大きなホテルと同じ対応を目指そうとして、疲れ果ててしまいました。
しかし、大切なのは、大手の真似をすることではありません。限られた人手と予算の中で、優先順位をつけて、一つずつ整えていくことです。
予約段階での多言語対応、チェックインと館内案内、支払い方法の確保、口コミへの対応。
この順番で、無理のない範囲から取り組んでいけば、客室数10室以下の宿泊施設でも、着実にインバウンド対応を進めていくことができます。
そして、その先には、大手ホテルにはまねのできない、経営者自身の顔が見える、温かいおもてなしという、大きな強みが待っています。
設備や規模で勝負するのではなく、身の丈に合った順番で、一つひとつ丁寧に整えていくこと。それこそが、小さな宿泊施設にとって、一番確かな、そして無理のない近道です。
インバウンドだけに寄りかからない、という視点も持っておく
ここまで、客室数10室以下の宿泊施設が、インバウンド対応をどう整えていくかを紹介してきました。
しかし、対応を整える話をしてきた最後に、あえて一つ、立ち止まって考えておきたいことがあります。
それは、インバウンドという需要そのものが、自分たちの力では、どうにもコントロールできないものだという事実です。
長野県のある地域で、一棟貸しの宿を、夫婦二人で営んでいるオーナーがいます。この宿では、中国からの旅行者を、多く受け入れていました。
しかし、ある時、国と国との関係が緊張したことをきっかけに、中国からの旅行者が、一気に減ってしまうという出来事を経験しました。
為替の動きや、政治的な発言、感染症の流行といった、宿泊施設側では、どうすることもできない要因によって、インバウンドの需要は、ある日突然、大きく揺らいでしまうことがあるのです。
このオーナーは、インバウンドそのものを否定しているわけではありません。
ただ、自分たちの宿の土台を、あくまで日本人のお客さんや、何度も足を運んでくれるリピーターに置き、インバウンドは、その上に乗る、追加の需要として捉えるくらいの感覚がちょうどいいのではないか、という考えを持っています。
客室数10室以下の小さな宿泊施設にとって、この視点は、特に大切な意味を持ちます。大きなホテルであれば、国内客とインバウンド、複数の柱を、同時に太く育てていく体力があります。
しかし、限られた人手と部屋数しかない小さな宿が、インバウンドという、変動の大きい需要だけに、経営の重心を預けてしまうと、その需要が急に減った時、立て直す余力が残っていない、という事態にもなりかねません。
これまで紹介してきた、予約、チェックイン、支払い、口コミという、インバウンド対応の順番は、確かに大切な取り組みです。
しかし、それと同時に、日本人のお客さんや、常連さんとの関係を、これまでと変わらず、大切に育て続けること。
この両輪を持っておくことこそが、変化の大きい時代の中でも、揺らぐことのない、小さな宿泊施設の、確かな経営の土台になります。


