群馬県[上野・こうずけ]インバウンドガイド、温泉地が抱える課題とは

観光PRだけでは見えない、群馬県温泉地が抱える現実

観光サイトを開けば、伊香保温泉の情緒あふれる石段街や、草津温泉の湯けむり漂う湯畑の写真が、いつも美しく紹介されています。

けれども、群馬県の温泉地には、こうした華やかな案内だけでは語りきれない、もう1つの顔があります。

伊香保温泉の365段の石段街を実際に歩いてみると、みやげ物店や射的場が並ぶにぎやかな通りのすぐ脇に、すでにシャッターを下ろしたまま何年も放置された旅館や、窓ガラスが割れ、看板の文字が読み取れなくなった建物が、少なくない数、点在しています。

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ある区画では、営業している宿と、廃業した宿がほぼ半々に並んでいるという声さえあり、かつて歓楽街として賑わった時代の面影が、今では静けさとともに残されているだけの一角も見られます。

草津温泉では、また違った課題が浮かび上がっています。

草津温泉には、観光客でも無料で利用できる共同浴場がいくつかありますが、これらはもともと地元住民の生活の一部として、長く大切に使われてきた場所です。

ところが、観光客が急増したことで、大声での会話や脱衣所での写真撮影といったマナー違反が相次ぎ、地元の人が気兼ねなく入浴できない状況が生まれてしまいました。

その結果、一部の共同浴場では、観光客の利用そのものが制限されるようになっています。

無料であるがゆえに混雑しやすく、観光客が集中する時間帯には、地元住民が入浴のタイミングをずらさざるを得ないという、本末転倒とも言える事態も起きています。

華やかな観光情報の裏側には、施設の老朽化と後継者不足、そして観光客と地域住民との間に生まれる摩擦という、決して小さくない課題が横たわっています。

群馬県が持つ豊かな温泉文化と自然の魅力を、これから世界に向けて発信し、選ばれる観光地であり続けるためには、こうした現実にもきちんと向きあい、受け入れる側の意識と体制を、地道に整えていく必要があります。

群馬県ってどんなところ?基本情報とインバウンドから見た魅力

群馬県と聞いて、何を思い浮かべますか。日本三名泉の1つに数えられる草津温泉、世界文化遺産の富岡製糸場、そして雄大な山々に囲まれた尾瀬の湿原。

関東地方の北西部に位置するこの県には、豊かな自然と、日本の近代化を支えた歴史が息づいています。県庁所在地は前橋市で、旧国名は上野国、上州とも呼ばれていました。

群馬県は、関東平野が広がる南東部と、山地が連なる西部・北部という、変化に富んだ地形を持つ内陸県です。

利根川の上流域にあたり、その豊かな水量は、群馬県だけでなく東京都をはじめとした関東地方全体の、電力や上水道を支えています。

米麦栽培や養蚕、繊維工業といった伝統産業に加えて、草津温泉に代表される温泉・保養地としての一面も持っています。

数字を見ると、群馬県のインバウンドは、着実な伸びを続けています。2024年、群馬県の外国人延べ宿泊者数は43万2000人泊となり、前の年から36.6%増加しました。

訪日外国人に人気の観光スポットランキングでは、草津温泉湯畑が群馬県内でトップに輝いており、富岡製糸場やスキー場も、外国人観光客から高い人気を集めています。

国籍別に見ると、台湾・中国・香港をはじめとした東アジアの国と地域からのお客さまが多いという傾向があります。

一方で、正直にお伝えすると、群馬県のインバウンドには、まだ伸びしろが残されているというのが現状です。

宿泊者数は大きく伸びているものの、東京や大阪といった大都市圏と比べると、その規模はまだ見劣りするというデータもあります。

だからこそ、これから工夫次第で、大きく飛躍できる可能性を秘めています。草津温泉の情緒あふれる湯畑、富岡製糸場が伝える日本の近代化の物語、そして尾瀬の手つかずの自然。

こうした群馬県ならではの魅力を、これからどう世界に届けていくかが、大きな鍵になります。

群馬県を代表する自然と景勝地

群馬県には、国際的に重要な湿原や、遭難者数世界一という異名を持つ険しい山、そして渓谷沿いに広がる情緒あふれる温泉地まで、心を打つ魅力があふれています。

尾瀬(ラムサール条約登録湿地) おぜ

尾瀬は、群馬・福島・新潟の3県にまたがる、本州最大の高層湿原です。

標高およそ1400メートルの盆地に、東西6キロメートル、南北2キロメートルにわたって広がるこの湿原は、燧ヶ岳の噴火によって只見川や沼尻川がせき止められたことで生まれたと考えられています。

1年間にわずか1ミリ弱しか堆積しないという泥炭層が、6000年から7000年という気の遠くなるような歳月を重ね、今の姿を作り上げました。

2005年、尾瀬はラムサール条約湿地に登録されました。春から初夏には、可憐な水芭蕉が雪解けの湿原を彩り、7月中旬から下旬にはニッコウキスゲが最盛期を迎えます。

9月中旬から10月にかけて広がる、草紅葉と呼ばれる赤や黄色のじゅうたんも見逃せません。

世界的にも珍しいナガバノモウセンゴケの大群落など、貴重な動植物の宝庫でもあるこの湿原は、木道を歩きながら、大自然が育んできた静かな時間の流れを、じっくりと味わえる場所です。

谷川岳(魔の山) たにがわだけ

谷川岳は、群馬県と新潟県の県境にそびえる、標高1977メートルの山です。日本百名山の1つに数えられ、双耳峰であるトマの耳とオキの耳は、古くから修験者の霊場として信仰を集めてきました。

一方でこの山は「魔の山」「墓標の山」という、たいへん恐ろしい別名でも知られています。

1931年に統計が始まって以来、2000名を超える死者・行方不明者を出しており、その数はエベレストをはじめとする世界の8000メートル級の山々の遭難者数の合計を上回るほどです。

標高2000メートルに満たない山でありながら、これほど多くの犠牲者を出してきたのは、切り立った岩壁と複雑な地形、そして中央分水嶺特有の急激な天候変化が原因だと言われています。

今ではロープウェイを使い、標高1300メートル付近の天神平まで気軽に登れるようになり、稜線には3000メートル級の山に匹敵する高山植物帯が広がる、美しい一面もあわせ持っています。

壮絶な歴史と、雄大な自然美が同居する、大変特別な山です。

水上温泉 みなかみおんせん

水上温泉は、谷川岳の南麓、利根川の渓谷沿いに広がる温泉地です。

1558年から1570年ごろに開かれたと伝えられ、第二次世界大戦後、交通アクセスの良さを背景に規模を大きく拡大し、草津温泉や伊香保温泉と並ぶ、群馬県有数の温泉地へと発展しました。

利根川の渓谷に沿うように旅館が立ち並び、四季折々の渓谷美を楽しめることが、この温泉地の大きな魅力です。

歌人の若山牧水も愛した諏訪峡は、奇岩や文学碑が点在する景勝地で、紅葉の季節には多くの人でにぎわいます。

夜になるとライトアップされる水上峡の幻想的な景色や、温泉街を走るトテ馬車も、水上温泉ならではの風物詩です。泉質の異なる18もの湯が楽しめることも、この地の豊かさを物語っています。

四万温泉(国民保養温泉) しまおんせん

四万温泉は、上信越高原国立公園の山懐に抱かれた、清流沿いにたたずむ温泉地です。

武将の坂上田村麻呂が、東夷討伐の折にこの温泉に入ったという言い伝えが残るほど、古い歴史を持っています。

1954年には、全国で最初となる「国民保養温泉地」の指定を受けました。

歓楽的な雰囲気を持たない、自然と調和した日本的な情緒が、この温泉地の何よりの魅力です。

春はワラビやゼンマイといった山菜と新緑、夏は涼しい気候の中でのヤマメ釣りや川遊び、秋は渓流に映える紅葉、そして冬は雪化粧をまとった静かな湯浴みと、四季を通じてまったく違う表情を見せてくれます。

古くから胃腸の名湯として知られ、共同浴場を巡る湯めぐりを楽しみながら、心と体をゆっくりといやせる場所です。

万座温泉(軽井沢の奥座敷) まんざおんせん

万座温泉は、白根山の中腹、標高およそ1800メートルの上信越高原国立公園内にある、天空の温泉郷です。

1年を通じて自家用車でアクセスできる温泉地としては、日本で最も標高が高い場所にあります。

先史時代にはすでに温泉が利用されていたと考えられており、中世には修験者たちが霊地として訪れ、江戸時代の中ごろから本格的な湯治場として開発されました。

万座温泉のお湯は、1日540万リットルという豊富な湧出量と、日本一とも言われる高濃度の硫黄泉であることが最大の特徴です。

姥湯と呼ばれる湯畑をはじめ、27種類もの源泉が知られ、施設ごとに違った泉質の湯めぐりを楽しむことができます。

糖尿病やリウマチ、アトピー性皮膚炎など、幅広い効能を持つことから「万病に効く温泉」とも呼ばれ、2024年の温泉総選挙では、秘湯・名湯部門で全国1位に選ばれました。

「軽井沢の奥座敷」として古くから親しまれ、手を伸ばせば届きそうなほどの満天の星空を望みながら入る露天風呂は、まさに極楽と呼ぶにふさわしい体験です。

草津温泉(湯畑、湯もみ) くさつおんせん

草津温泉は、有馬温泉、下呂温泉とともに日本三名泉に数えられる、群馬県を代表する名湯です。

その起源は今から1000年以上前にさかのぼるとも言われ、日本武尊や行基、源頼朝が発見したという伝説も残っています。

江戸時代には、8代将軍徳川吉宗が、草津の湯をわざわざ江戸城まで運ばせて入浴したという逸話も伝えられています。

自然湧出量は毎分32,300リットル以上と、日本一を誇ります。これは1日にドラム缶およそ23万本分にもおよぶ、圧倒的な湯量です。

温泉街の中心にある湯畑は、湯けむりが絶えず立ちのぼる、草津温泉のシンボルです。

泉質はpH2.1という強い酸性を持ち、高い殺菌作用があることから「恋の病以外効かぬ病はない」とまで言われてきました。

あまりに高温な源泉を、水で薄めることなく適温まで下げるために生まれたのが「湯もみ」という独自の文化です。

厚い木の板で湯をかき混ぜながら唄う湯もみ唄は、草津温泉ならではの、心と体をあたためる伝統芸能です。

伊香保温泉 いかほおんせん

伊香保温泉は、渋川市にある、365段の石段が象徴的な温泉地です。開湯は約1300年前にさかのぼり、万葉集にもすでに伊香保の湯を詠んだ歌が収められています。

今の石段街の始まりは1576年、この地を治めていた木暮下総守祐利らが、傾斜地を活用して温泉街を造成したことにさかのぼります。

石段には「温泉街が1年365日にぎわうように」という願いがこめられており、両側には土産物屋や饅頭屋、遊技場が立ち並びます。

明治以降は、多くの文人墨客に愛された温泉地としても知られています。「不如帰」の作者である徳冨蘆花はこの地で晩年を過ごし、大正ロマンを代表する画家、竹久夢二もこの地を愛しました。

石段街には、それぞれの記念館が建ち、歌人の与謝野晶子の詩が刻まれた石段の一角もあります。

文学や芸術の香りが今も色濃く漂う、この土地ならではの魅力です。

老神温泉 おいがみおんせん

老神温泉は、尾瀬と沼田を結ぶ道沿い、片品川のほとりにたたずむ温泉地です。この温泉の始まりには、心を打つ神話が伝えられています。

その昔、日光の男体山の神と赤城山の神が、奥日光の戦場ヶ原で領地をめぐって激しく争い、蛇に姿を変えた赤城山の神が矢傷を負ってしまいました。

傷を負った神が、この地までたどり着き、矢を地面に突き刺すと、そこから温泉が湧き出したのです。

この湯で傷を癒した赤城山の神は、再び日光の神を追い返すことに成功し、この出来事から「追い神」、やがて「老神」と呼ばれるようになったと伝えられています。

石膏泉と単純硫化水素泉からなる泉温55度前後のこの温泉は、古くから皮膚病や神経痛に効くとされてきました。

毎年5月には、この神話にちなんだ「大蛇まつり」が開催され、大蛇の神輿が温泉街を練り歩きます。神々の戦いから生まれたという、他ではなかなか聞くことのできない由来を持つ、心温まる温泉地です。

徳冨蘆花記念文学館 とくとみろかきねんぶんがくかん

徳冨蘆花記念文学館は、伊香保温泉にある、明治の文豪、徳冨蘆花の生涯をたたえる記念館です。

1868年に熊本で生まれた蘆花は、1898年、義理の兄の紹介で伊香保を訪れて以来、旅館「千明仁泉亭」を定宿とするようになりました。

伊香保を舞台にした小説「不如帰」は、明治31年から新聞に連載されると大きなブームを巻き起こし、この作品をきっかけに、伊香保の名は全国に広まりました。

蘆花は1927年、この千明仁泉亭の離れで生涯を終えました。その離れは記念文学館のとなりに復元されており、見学することができます。

館内には、生前に蘆花が愛用していた品々や、貴重な資料が展示され、明治の文豪が愛した伊香保の空気を、今に伝えています。

伊香保ロープウェイの駅名にもなっている「不如帰」の物語に思いをはせながら、文学散策を楽しめる場所です。

竹久夢二伊香保記念館 たけひさゆめじ いかほ きねんかん

竹久夢二伊香保記念館は、大正ロマンを代表する画家、竹久夢二の作品を数多く展示する記念館です。

伊香保と榛名湖を愛した夢二は、この地を舞台にした作品を数多く残しており、記念館には、その美人画や商業デザインといった、多彩な作品が収蔵されています。

伊香保の石段街には、夢二がこの地で見た景色を思わせる、詩情豊かな空気が今も漂っています。

榛名湖畔には、夢二のアトリエが復元されており、伊香保と榛名湖という2つの土地を、夢二の目線でたどりながら旅することができます。

石段や湖畔を歩けば、大正時代の芸術家たちが、この地に何を見て、何を感じたのかを、静かに追体験できるはずです。

榛名湖(カルデラ湖) はるなこ

榛名湖は、榛名山の噴火によって生まれた、周囲およそ5キロメートルのカルデラ湖です。

湖面の標高は1084メートルにおよび、自然湖としては、栃木県の中禅寺湖に次いで、全国で2番目に高い場所にある湖です。

数十万年におよぶ噴火と侵食の歴史を経て、今の馬蹄形の外輪山と、この美しい湖が形作られました。

湖畔には桜やツツジ、ユウスゲといった花々が季節ごとに彩りを添え、秋には紅葉が湖面に映りこむ、見事な景色が広がります。

1940年に発表された名曲「湖畔の宿」のモチーフになったことでも知られ、南西岸には、その舞台となった旅館にちなんだ記念公園も整備されています。

遊覧船やボート遊び、冬にはワカサギ釣りやスケートと、1年を通じてさまざまな楽しみ方ができる、群馬県を代表するアウトドアスポットです。

榛名山 はるなさん

榛名山は、赤城山、妙義山とともに「上毛三山」の1つに数えられる、群馬県を象徴する活火山です。

榛名山という単独のピークがあるわけではなく、中央のカルデラ湖である榛名湖と、その東岸にそびえる中央火口丘「榛名富士」、そして掃部ヶ岳をはじめとする外輪山を総称して、榛名山と呼びます。

榛名富士は、その整った円すいの形が富士山に似ていることから名づけられ、標高は1390メートルです。

山頂には、安産の神様である木花開耶姫命を祀る榛名富士山神社が鎮座しており、ロープウェイを使えば、気軽に山頂まで登ることができます。

山頂から見下ろす榛名湖と、外輪山が織りなすカルデラの景観は、火山が長い年月をかけて作り上げた、雄大な自然の造形美そのものです。

天気の良い日には、遠く谷川連峰や浅間山までを見わたすこともできる、群馬県屈指の展望スポットです。

鬼押出し おにおしだし

鬼押出しは、嬬恋村にある、浅間山の噴火によって作り出された景勝地です。

1783年、天明3年に起きた浅間山の大噴火は、3か月にもおよぶ長期間の活動となり、上野国一帯だけで1400人を超える犠牲者を出しました。

噴火の最後に流れ出た溶岩が、この鬼押出しの景観を作り上げたのです。

「火口で鬼が暴れて岩を押し出した」という、当時の人々が抱いた印象が、そのままこの場所の名前になりました。

荒々しい岩の姿は、世界三大奇勝の1つにも数えられています。

5月ごろになると、この荒涼とした溶岩の間から、イワカガミやレンゲツツジといった高山植物が可憐に花を咲かせ、自然の力強さとやさしさを、同時に感じることができます。

噴火の犠牲者を供養する浅間山観音堂もあり、自然の脅威と、それでも前を向いて生きた人々の想いが、今もこの地に息づいています。

吾妻峡 あがつまきょう

吾妻峡は、東吾妻町にある、吾妻川が長い年月をかけて作り上げた渓谷です。関東の耶馬渓とも呼ばれ、およそ3.5キロメートルにわたって、そそり立つ岩崖や奇石、滝が連なる、変化に富んだ景観が広がっています。

火山活動によって作られた溶岩を、清流が浸食し続けたことで生まれたこの渓谷は、新緑や紅葉の季節に特に美しい表情を見せてくれます。

国の名勝にも指定されているこの渓谷を、探勝遊歩道をたどりながら歩けば、大地が刻んできた悠久の時の流れを、肌で感じることができます。

岩宿遺跡 いわじゅくいせき

岩宿遺跡は、みどり市にある、日本の歴史を大きく塗り替えた、旧石器時代の遺跡です。

1946年、当時在野の考古学者であった相沢忠洋が、納豆の行商をしながら熱心に研究を続ける中で、この地の関東ローム層から、石器を発見しました。

それまで日本列島には、縄文時代より前の1万年以上前に、人が住んでいた形跡はないと考えられていました。

しかし1949年、相沢と明治大学による発掘調査によって、関東ローム層の中から石器が確認され、日本にも旧石器時代が存在していたことが証明されたのです。

この大発見によって、日本の歴史は数千年前の縄文時代から、一気に数万年前まで遡ることになりました。

日本の考古学史上、最も重要な出発点の1つとされるこの遺跡は、国の史跡に指定されています。

岩宿ドームでは、関東ローム層の地層断面を実際に観察することもでき、日本の歴史がどのようにして塗り替えられたのかを、じっくりと学ぶことができます。

吹割の滝(東洋のナイアガラ) ふきわれのたき

吹割の滝は、沼田市を流れる片品川にかかる、高さ約7メートル、幅約30メートルという規模を誇る滝です。

轟音を立てながら豪快に飛び散るその姿から「東洋のナイアガラ」とも呼ばれ、1936年には国の天然記念物及び名勝に指定されました。

この滝の何よりの特徴は、岩盤の割れ目に水が吸いこまれるように流れる、大変珍しい形をしていることです。

片品川の清流が、長い年月をかけて岩の柔らかい部分だけを浸食し続けた結果、まるで巨大な岩が真っ二つに吹き割られたかのような姿になったのです。

滝つぼは竜宮に通じているという、神秘的な伝説も残されています。

遊歩道を進むと、鱒がのぼるのを断念したと伝えられる鱒飛の滝や、般若岩と呼ばれる奇岩群も次々と現れ、自然が作り上げた造形美を、存分に味わうことができます。

夏には水しぶきが天然のミストとなって涼を運んでくれ、秋には周囲の山々が美しく色づく、四季を通じて楽しめる名瀑です。

富岡製糸場(世界遺産) とみおかせいしじょう

富岡製糸場は、明治政府が「富国強兵・殖産興業」を掲げる中で、1872年に設立した、日本で最初の官営模範工場です。

フランス人技術者ポール・ブリューナの指導のもと、当時の日本にとって重要な輸出品であった生糸の品質向上と増産を目指し、この工場が作られました。

木の骨組みにレンガを積み上げる「木骨煉瓦造」という建築方法が用いられ、構造は西洋のものでありながら、屋根には日本瓦を使うという、和と洋の技術が見事に融合した建物です。

長さ100メートルを超える東西の置繭所や、世界最大規模を誇った繰糸所など、主要な施設が創業当時のまま、ほぼ完全な形で残されています。

1987年の操業停止まで、実に115年にわたって生糸を生産し続け、日本の絹産業を世界一の水準へと引き上げる原動力になりました。

その歴史的価値の高さから、2014年には「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界文化遺産に登録され、繰糸所と東西の置繭所は国宝にも指定されています。

日本の近代化のカギを握った、その現場に実際に立てるという体験は、何にも代えがたい価値を持っています。

国立公園の上信越高原 じょうしんえつこうげん

上信越高原国立公園は、群馬県、長野県、新潟県の3県にまたがる、面積およそ15万ヘクタールという、日本で2番目の広さを誇る国立公園です。

1949年に指定され、大岩壁がそびえる谷川岳から、巨大な溶岩台地である苗場山、火口湖を持つ草津白根山、そして浅間山まで、変化に富んだ山岳と高原の景観が広がっています。

浅間山の北麓には、噴火によって作られた鬼押出しの奇勝が広がり、草津白根山には、青緑色に輝く火口湖と荒涼とした火山荒原が、独特の景観を作り出しています。

標高1000メートルから2000メートル前後という高原地帯には、草津温泉や四万温泉、万座温泉といった名湯が数多く点在し、それぞれが観光やスキーの拠点として、多くの人を迎え入れています。

特別天然記念物のニホンカモシカをはじめとした、貴重な高山の動植物が息づくことも、この国立公園の大きな魅力です。

絹産業遺産群(世界遺産) きぬさんぎょういさんぐん

絹産業遺産群は、富岡製糸場とともに、2014年に世界文化遺産として登録された、4つの構成資産からなる遺産群です。

絹は紀元前の中国で生まれ、19世紀のヨーロッパで大量生産が始まりましたが、開国したばかりの日本は、その技術をいち早く取り入れ、独自に発展させていきました。

富岡製糸場を中心に、田島弥平旧宅、高山社跡、荒船風穴という3つの構成資産が、それぞれ違った役割を担いながら、蚕の優良品種の開発と普及を主導しました。

この4つの遺産が連携し、原料となる繭の大量生産に成功したことで、日本は20世紀の初めには、世界一の生糸輸出国へと成長を遂げます。

安価で良質な生糸を世界中に届け、それまで高級品だった絹を、より身近な存在へと変えたのです。この技術革新の物語は、世界を変えた日本の産業の力を、今に伝える貴重な証です。

群馬県ならではの祭りと伝統行事

群馬県には、日本の絹産業を根底から支えた蚕種農家の知恵まで、他ではなかなか見ることのできない、産業遺産の物語があふれています。

田島弥平旧宅 たじまやへいきゅうたく

田島弥平旧宅は、伊勢崎市境島村にある、近代養蚕農家建築の原型となった建物です。

この地の蚕種製造農家であった田島弥平は、蚕の飼育がその年によって収量に大きな差が出ることに悩み、各地の養蚕方法を研究しました。

そして、蚕には自然の通風が何より大切だと考え「清涼育」という飼育法を大成させたのです。

1863年、弥平はこの清涼育に適した蚕室を作るため、屋根の上に換気用の「ヤグラ」と呼ばれる越屋根を備えた、瓦葺きの総2階建ての住居兼蚕室を建てました。

桁行きおよそ24メートルにおよぶこの大規模な建物は、当時の外国公使からも高い評価を受けています。

弥平が1872年に著した「養蚕新論」を通じて、このヤグラ付きの建築様式は全国各地に広まり、近代の養蚕農家建築の基本形になりました。

世界遺産に登録された直後には、観光客が急増し、わずか10日あまりで3000人以上が訪れたという記録も残っています。

高山社跡 たかやましゃあと

高山社跡は、藤岡市高山にある、高山長五郎という人物が「清温育」という養蚕技法を確立した旧宅です。

清温育は、田島弥平が編み出した清涼育と、火を使って蚕室を暖める温暖育とを組みあわせた、折衷的な飼育法でした。

換気を重視した田島弥平の蚕室構造は、この清温育においても大切にされ、長五郎の旧宅にも、換気用の天窓を持つ2階建ての母屋が残されています。

高山社の本部が藤岡町に移転した後、この旧宅は門下生を指導するための分教場として使われ続けました。

全国から集まった多くの生徒たちが、この地で養蚕の技術を学び、故郷へと持ち帰っていったのです。

その敷地全体が、日本の近代養蚕業の発展を理解するうえで貴重な場所として、国の史跡に指定されています。

荒船風穴 あらふねふうけつ

荒船風穴は、下仁田町の山間部、標高およそ840メートルの場所に残る、蚕の卵を貯蔵するための施設跡です。

1905年、地元の養蚕農家であった庭屋静太郎とその息子によって建設され、岩の隙間から自然に吹き出す冷風を利用した、日本最大規模の蚕種貯蔵施設として発展しました。

江戸時代まで、蚕の飼育は気候に合わせて年に1度しか行うことができませんでした。

しかし、年間を通じて涼しく、温度変化の少ないこの風穴を利用することで、蚕の卵を人工的に低温保存し、孵化の時期を自在に調整できるようになったのです。

これにより、年に2回、3回と養蚕を行うことが可能になり、明治時代後半の繭の増産に、大きく貢献しました。

冷風の中でしっかりと冬の寒さを経験させることで、ばらばらだった孵化の時期がそろい、作業の効率も大きく向上しました。

今もこの場所を訪れると、当時と変わらぬ冷たい風を、その身で体感することができます。

群馬県のオススメの食べ物

群馬県といえば、まず外せないのが焼きまんじゅうです。

小麦粉から作った素朴なまんじゅうを串に刺し、甘辛い味噌だれをたっぷり塗って炭火で焼き上げた、群馬県民のソウルフード。

香ばしい香りと、もちもちとした食感は、一度食べたらやみつきになります。

麺類なら、水沢うどんが格別です。伊香保温泉のすぐ近く、水沢寺の門前で親しまれてきた、稲庭うどん、讃岐うどんと並ぶ日本三大うどんの1つ。

透きとおるような白さと、コシの強いなめらかな喉ごしは、シンプルなつけ汁でこそ、その実力を存分に味わえます。

もう1つ忘れてはいけないのが、上州名物のおっきりこみです。小麦粉で作った幅広の麺を、野菜と一緒に味噌や醤油ベースの汁でぐつぐつ煮こんだ、体の芯からあたたまる郷土料理です。

麺を生のまま煮こむため、汁にとろみが出て、栄養もたっぷり溶けこんでいます。

肉料理なら、上州牛や上州和牛をぜひ味わってほしいです。きめ細かな霜降りと上品な旨味は、すき焼きやしゃぶしゃぶで堪能する価値があります。

下仁田町の名産であるこんにゃくも、群馬県が誇る食材です。刺身こんにゃくや、煮物に使えば、独特のプリプリとした食感を楽しめます。

そして、下仁田ねぎも忘れてはいけません。太くて甘みが強く、加熱するととろけるような柔らかさに変わる、冬の贅沢な味わいです。

群馬県は、粉もの文化も肉も野菜も、すべてが力強く根づいた、食の宝庫だと言えます。

群馬県を訪れる外国人観光客の国籍・傾向

群馬県を訪れる外国人観光客の数字を見ると、着実な伸びが続いています。2024年、群馬県の外国人延べ宿泊者数は43万2000人泊となり、前の年から36.6%増加しました。

2023年には前の年比で578.4%という驚異的な伸びを記録しており、コロナ禍からの回復とともに、群馬県のインバウンドは力強く成長しています。

訪日外国人に人気の観光スポットランキングを見ると、群馬県内で最も高い人気を集めているのは、草津温泉湯畑です。

富岡製糸場やスキー場も、外国人観光客から高い注目を集めています。

国籍別に見ると、台湾・中国・香港をはじめとした東アジアの国と地域からのお客さまが多いという傾向があります。

訪日ラボの調査によれば、コロナ前の訪日客は、こうした東アジア圏からの来客が中心でした。

一方で、正直にお伝えすると、2025年の群馬県内宿泊者数は、全国的な物価高による日帰り客の増加などを背景に、前の年から10%減少し、減少率が全国で2番目に大きいという結果も出ています。

それでも、外国人観光客に限れば、着実な伸びが続いているというのが実情です。

群馬県は今「頭文字D」プロジェクトのように、地域の特色を生かした聖地アピールにも力を入れ始めており、剣道体験のような武士道の精神を伝えるツアーなど、日本ならではの文化体験を求める外国人のニーズに応える取り組みも進んでいます。

また、群馬県観光物産国際協会が、オーストラリアやヨーロッパで「観光レップ」と呼ばれる現地の代理人を活用し、海外に向けた誘客活動を強化していることも、今後の伸びしろを感じさせる動きです。

草津温泉や富岡製糸場、尾瀬といった全国的に知られる観光資源に加えて、こうした新しい取り組みが実を結べば、群馬県のインバウンドは、これからさらに大きく育っていく可能性を秘めています。

事業者が知っておきたい群馬県特有の受け入れポイント

ここまで見てきた群馬県の観光地や、観光客の傾向をふまえて、実際にどんな受け入れの工夫ができるのか、具体的にお伝えします。

まず大きな特徴として意識したいのが、台湾・中国・香港をはじめとした東アジアのお客さまが、群馬県のインバウンドの中心をしめているということです。

繁体字や簡体字のメニュー、簡単な中国語のあいさつを用意することは、それだけでお客さまに大きな安心感を与えることができます。

草津温泉湯畑や富岡製糸場といった、すでに人気の高いスポットでは、外国語での案内表示の充実が、満足度をさらに高める鍵になります。

次に意識したいのが、群馬県が全国的な物価高の影響で、宿泊を伴わない日帰り客が増加しているという傾向です。

これは外国人観光客にとっても、無関係な話ではありません。

日帰りでも満足してもらえる、短時間で楽しめる体験プログラムや、手軽に立ち寄れる食事処の充実が、これからますます重要になります。

一方で、尾瀬や谷川岳、草津温泉といった、じっくり滞在してこそ魅力が伝わる観光地では、宿泊するからこそ味わえる特別な体験を、あわせて発信していくことが大切です。

もう1つ、大切な視点が「頭文字D」プロジェクトのように、地域の特色を生かした新しいアピールの仕方です。

剣道体験のような、日本ならではの精神文化に触れられる体験ツアーは、観光庁の調査でも、外国人と日本人でファン層や求めるものが違うという結果が出ています。

群馬県が持つ、温泉や自然だけではない、多様な文化資源に目を向け、新しい切り口で発信していくことが、他の観光地との差別化につながります。

そして、富岡製糸場や絹産業遺産群、岩宿遺跡といった、歴史的な価値を持つ観光地では、その背景にある物語を丁寧に伝える工夫が欠かせません。

田島弥平が編み出した清涼育の技術が、日本の絹産業を世界一の水準に押し上げたという歴史を添えて紹介するだけで、建物を見学するという体験が、より深く記憶に残るものになります。

最後に、焼きまんじゅうや水沢うどんといった、群馬県ならではの食文化を伝える工夫も大切です。

おっきりこみが、群馬の厳しい冬を生きぬく知恵から生まれた料理だという背景を添えるだけで、一杯の料理が、忘れられない旅の思い出に変わります。

群馬県の観光地で使える補助金・支援制度

インバウンド対応を進めるには、費用がかかります。ここでは、群馬県の事業者が活用できる、代表的な補助金や支援制度をご紹介します。

補助金の内容や金額は毎年見直されるため、実際に申請する際は、必ず最新の情報を公式の窓口で確認してください。

長期滞在客等 受入促進事業 伴走支援プロジェクト

これは、群馬県が用意している支援制度です。外国人観光客をはじめとした長期滞在客の受け入れを促進するため、専門家による伴走支援を受けながら、地域や事業者の取り組みを後押ししてくれます。

単に費用を補助するだけでなく、実際にどう受け入れ体制を整えていけばよいのか、伴走型でサポートしてもらえることが、この制度ならではの特徴です(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

リトリート環境整備事業

群馬県は「リトリートぐんま」というブランドを掲げ、心と体を癒す滞在型観光を推進しています。

この事業は、そうした滞在の質を高めるための環境整備にかかる費用を支援してくれる制度です。

草津温泉や四万温泉、水上温泉といった、群馬県が誇る温泉地の魅力を、さらに磨き上げるための取り組みに活用できます(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

外国人誘客のためのパートナー施設向けサポート事業

群馬県では、外国人観光客の受け入れに積極的な施設を「パートナー施設」として随時募集しています。

登録すると、外国人誘客に関するさまざまなサポートを受けられる仕組みです。

また、群馬県内の全国通訳案内士の連絡先も公開されており、外国語対応の人材を探している事業者にとって、心強い情報源になります(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

小規模事業者持続化補助金

これは国が用意している補助金で、群馬県内の温泉旅館や観光施設でも、幅広く活用されています。

ウェブサイトのリニューアルや、旅行予約プラットフォームへの掲載強化、インバウンド向けの案内資材の制作といった、販路開拓や設備改修にかかる費用が対象になります。

補助上限は200万円、補助率は3分の2です(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

相談窓口の活用も大切です

補助金は種類が多く、条件も複雑です。どの補助金が自分の事業に合っているのか、判断に迷うことも多いはずです。

そんなときは、商工会や商工会議所、そして群馬県産業支援機構が運営する「よろず支援拠点」といった、無料で相談できる窓口を頼るのがおすすめです。

群馬県には、草津温泉や富岡製糸場、尾瀬といった、他の地域にはない独自の魅力があります。

こうした補助金や支援制度を上手に活用しながら、それぞれの事業者が、外国人観光客を迎える準備を、着実に整えていくことが、これからの群馬県の観光をさらに大きく育てていく力になります。

群馬県が誇る名湯と産業遺産、事業者が世界へ届けるべき魅力

群馬県には、草津温泉や伊香保温泉、四万温泉といった日本を代表する名湯、そして世界文化遺産の富岡製糸場や絹産業遺産群まで、他の都道府県にはない豊かな自然と歴史が集まっています。

尾瀬のラムサール条約登録湿地、谷川岳や浅間山の雄大な自然、そして焼きまんじゅうや水沢うどんといった郷土の味も、群馬県の大きな魅力です。

数字が示す通り、群馬県の外国人延べ宿泊者数は着実に伸びており、東アジアを中心としたお客さまに加えて、オーストラリアやヨーロッパへの誘客活動も広がりを見せています。

全国的な物価高で日帰り客が増える中でも、じっくり滞在してこそ味わえる群馬県ならではの魅力を、どう発信していくかが、これからの大きな鍵になります。

事業者にとって大切なのは、東アジアのお客さまへの多言語対応、日帰りと宿泊それぞれのニーズに応える工夫、そして富岡製糸場や田島弥平旧宅に息づく歴史を丁寧に伝えることです。

長期滞在客等受入促進事業伴走支援プロジェクトや、外国人誘客のためのパートナー施設向けサポート事業をうまく活用すれば、専門家の力を借りながら、その準備を進めることができます。

群馬県が持つ日本三名泉の名湯と、日本の近代化を支えた産業遺産の物語に、事業者1人ひとりの丁寧な受け入れの工夫が積み重なったとき、群馬県はさらに多くの外国人観光客に選ばれる場所になっていくはずです。

この記事を書いた人

旅行、観光、IT・Webマーケティングの仕事に25年ほど携わってきた40代。現在はインバウンド対応に悩む店舗・宿泊施設の方々に向けて、実際に使えるツールや方法をまとめています。導入コストや使い勝手を含めて丁寧に検証することを心がけています。