福島県[磐城・岩代(いわき・いわしろ)]の観光地26選、外国人集客に役立つ完全ガイド

福島県ってどんなところ?基本情報とインバウンドから見た魅力

福島県と聞いて、何を思い浮かべますか。四季折々に美しい姿を見せる会津の街並み、雄大な磐梯山と裏磐梯の湖沼群、そして東北への玄関口としての賑わい。

県庁所在地は福島市で、旧国名では、県の西側が岩代国、東側が磐城国と呼ばれていました。

この2つの旧国名が示す通り、福島県は、会津・中通り・浜通りという、まったく違う個性を持つ3つの地域からなる、大変広い県です。

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福島県は、東北新幹線が通り、東京から最短でおよそ1時間半という近さでたどり着ける、東北への玄関口です。

磐梯朝日国立公園に含まれる磐梯山や、裏磐梯の五色沼、猪苗代湖といった雄大な自然に恵まれ、会津若松や喜多方といった街には、江戸時代からの歴史情緒が今も色濃く残っています。

数字を見ると、福島県のインバウンドは、着実に回復と成長を続けています。2025年の1月から8月までの外国人宿泊者数は19万人を超え、過去最多を記録しました。

この大きな要因の1つが、2025年1月に再開した、台湾との定期チャーター便です。訪れた外国人観光客のおよそ半数が、台湾からのお客さまだというデータもあります。

福島県には、東日本大震災からの復興という、他の県にはない歩みがあります。

震災や原発事故のイメージが、今もなお一部に残っているという現実がある一方で、この経験を伝える「ホープツーリズム」や「復興ツーリズム」という、福島県ならではの新しい旅の形も生まれています。

四季それぞれに美しい表情を見せる会津の景色や、裏磐梯の神秘的な湖沼群。こうした福島県ならではの魅力を、これからどう世界に伝え、震災前のイメージを更新していくかが、大きな鍵になります。

福島県を代表する自然と景勝地

福島県には、噴火が生み出した神秘の湖沼群や、天を映すと称えられる大きな湖まで、心を打つ景色があふれています。

磐梯高原(裏磐梯、裏磐梯高原) ばんだいこうげん

裏磐梯高原は、磐梯山の北側に広がる、標高およそ800メートルの高原地帯です。

1888年、磐梯山の大噴火によって山体の一部が崩れ落ち、その岩屑が川をせき止めたことで、桧原湖や五色沼をはじめとする、300を超える湖沼群が一気に誕生しました。

自然災害が、これほど美しい景観を作り出した例は、世界を見わたしても大変珍しいことです。

夏は避暑にぴったりの涼しさを持ち、春は桜と水芭蕉、秋は燃えるような紅葉、冬は一面の銀世界と、まるで絵葉書のような四季の移ろいを見せてくれます。

トレッキングやサイクリング、釣り、そして冬にはワカサギ釣りやスキーまで、1年を通じて楽しめるアクティビティの豊富さも、この高原ならではの魅力です。

磐梯朝日国立公園の中でも、火山が生み出した奇跡の景観が、これほど密集して広がる場所は、他にはありません。

桧原湖 ひばらこ

桧原湖は、裏磐梯にある湖沼群の中で、最も大きな面積を誇る湖です。磐梯山の大噴火によって生まれたこの湖は、周囲を深い森に囲まれ、湖面には磐梯山の雄大な姿が映りこみます。

湖畔には遊歩道が整備されており、13キロメートルを超える湖の周りを歩いてめぐることもできます。

秋になると、赤や橙、黄色に色づいた木々が湖面を彩り、その自然の流れるような美しさに、思わず息をのんでしまいます。

冬には湖面が凍り、ワカサギ釣りを楽しむ人々の姿も見られます。桧原湖から会津若松へと続く道は、高い木々に囲まれた静かな並木道となっており、自然の中をドライブする楽しみも味わえます。

五色沼 ごしきぬま

五色沼は、桧原湖の南側に広がる、大小30あまりの沼からなる湖沼群です。

毘沙門沼から柳沼まで続く、およそ3.6キロメートルの探勝路をたどれば、コバルトブルー、エメラルドグリーン、るり色など、それぞれまったく違う色を持つ沼を、次々と眺めることができます。

この不思議な色の違いは、磐梯山の火口付近を水源とする水質の違いによって生まれます。含まれる鉱物やプランクトンの種類、そして太陽の光の角度によって、水面の色が刻々と変化するのです。

標高差はわずか40メートルほどで、初心者や家族連れでも気軽に歩ける、なだらかなコースであることも、この探勝路の魅力です。

歩を進めるたびに違う表情を見せてくれる沼をめぐる時間は、まさに自然が作り出した芸術を鑑賞するような、贅沢なひとときです。

毘沙門沼 びしゃもんぬま

毘沙門沼は、五色沼湖沼群の中で最も大きな沼です。探勝路の入り口からほど近く、青緑色に輝く水面越しに、磐梯山の荒々しい火口壁を望むことができる、裏磐梯を代表する景観の1つです。

沼ではボートに乗ることもでき、水面の上から間近に、この鮮やかな色彩を楽しむこともできます。

多くの観光客で賑わうこの場所は、五色沼めぐりの出発点として、また裏磐梯の自然を象徴する場所として、多くの人に親しまれています。

柳沼 やなぎぬま

柳沼は、五色沼湖沼群の中でも、水質が中性に近く、豊かな植生に恵まれた沼です。他の沼が持つ鮮やかな青色とは違い、薄い緑色を帯びた、やわらかな色合いを見せてくれます。

裏磐梯高原駅バス停からほど近いこの沼は、五色沼探勝路をめぐる際の起点、あるいは終点として利用されることが多く、青沼やるり沼、弁天沼へと続く散策の入り口になっています。

豊かな水草が水面に揺れる、落ちついた雰囲気を持つこの沼は、五色沼が見せる多様な表情の中でも、ひときわ穏やかな魅力を放っています。

猪苗代湖(ラムサール条約登録湿地・2025年7月登録) いなわしろこ

猪苗代湖は、磐梯山のふもとに広がる、福島県を代表する大きな湖です。湖面が空を鏡のように映しこむことから「天鏡湖」という美しい別名でも親しまれています。

2025年7月15日、この猪苗代湖は、国際的に重要な湿地を保全する「ラムサール条約」の登録湿地として、新たに認定されました。

福島県内では、尾瀬に次いで2か所目の登録であり、国内でも54か所目という、大変貴重な湿地です。

同年7月にジンバブエ共和国で開かれた条約締約国会議では、登録証が正式に授与され、福島県や地元の自治体が、この湖の魅力を世界に向けて発信しました。

この登録により、猪苗代湖に生息する動植物が保全され、湖の恵みを未来へと引きつぐ、持続可能な利用がさらに促されることが期待されています。

雄大な磐梯山を背景に、静かに広がるこの湖の美しさは、世界的にもその価値が認められた、福島県の大切な宝物です。

野口英世記念館 のぐちひでよきねんかん

野口英世記念館は、猪苗代町にある、世界的な細菌学者、野口英世の生涯と業績を伝える記念館です。

1876年にこの地で生まれた野口英世は、1歳半のときに囲炉裏で左手に大きなやけどを負うという、大変な苦難を背負って育ちました。

館内には、実際にやけどを負った囲炉裏がある生家がそのまま保存されているほか、19歳で上京する際、床柱に小刀で刻みつけたという、力強い決意の言葉も残されています。

数々の感染症の研究に生涯を捧げた野口英世が、15年ぶりに帰国する際、母シカが送った手紙も展示されており、一目会いたいという切実な想いが、今も多くの人の心を打ちます。

細菌の研究をゲームや映像で体験できる展示もあり、大人から子どもまで、楽しみながら学べる記念館です。

会津若松市 あいづわかまつし

会津若松市は、会津盆地の南東に広がる、福島県を代表する歴史都市です。1384年、葦名直盛によって東黒川館が築かれたことから、この街の歴史が始まりました。

1590年、豊臣秀吉の命を受けた蒲生氏郷が会津を治めるようになると、城と城下町が本格的に整備され、地名も黒川から若松へと改められました。

江戸時代には会津松平家23万石の城下町として栄え、幕末の戊辰戦争では、新政府軍との激しい戦いの舞台にもなりました。

今も市内には、鶴ヶ城をはじめ、白虎隊ゆかりの飯盛山、武家屋敷、そして老舗の酒蔵など、会津の歴史を物語る見どころが数多く残されています。

江戸時代からの伝統を受けつぐ漆器や酒造りの文化も、この街ならではの誇りです。

会津若松城(鶴ヶ城) あいづわかまつじょう

会津若松城は、通称鶴ヶ城と呼ばれる、会津若松市のシンボルです。

1384年、葦名直盛によって東黒川館として築かれたのが始まりで、1593年、豊臣秀吉の家臣であった蒲生氏郷が、東日本で初めてとなる本格的な天守閣と石垣を備えた城を築き上げ「鶴ヶ城」と名づけました。

氏郷の幼名が「鶴千代」であったことに、この名前は由来しています。

歴代の城主には、上杉景勝や保科正之、松平容保といった、名だたる武将が名を連ねてきました。

1868年の戊辰戦争では、新政府軍による1か月におよぶ猛攻に、難攻不落の名城として耐えぬいたことでも知られています。

1874年に一度は取り壊されてしまいましたが、1965年に天守閣が再建され、2011年には、幕末当時と同じ赤瓦へと葺き替えられました。

東北地方では珍しい、天守を持つ城として、白虎隊も見上げたであろう美しい姿を、今に伝えています。天守閣からは、会津若松の街並みと、雄大な磐梯山を一望することができます。

飯盛山(白虎隊自刃の地) いいもりやま

飯盛山は、会津若松市にある、白虎隊の悲劇を今に伝える史跡です。

戊辰戦争のさなか、16歳から17歳という若さで組織された会津藩の少年部隊、白虎隊は、戸ノ口原の戦いで敗れ、傷ついた体を引きずりながら、この山へとたどり着きました。

猪苗代湖から会津へと水を引くために掘られた「戸ノ口堰洞穴」を通って山にたどり着いた隊士たちは、鶴ヶ城の方角に立ちのぼる煙を見て、城が落ちてしまったと思いこみ、絶望のうちに、この地で命を絶ったと伝えられています。

実際には、城はまだ落城しておらず、その悲劇性は、今も多くの人の心を強く揺さぶります。

山のふもとにある白虎隊記念館には、この歴史を伝えるパノラマや資料が展示され、隊士たちの墓が並ぶ山頂には、今も慰霊祭のたびに、多くの人が訪れます。

御薬園 おやくえん

御薬園は、会津若松市にある、国の名勝に指定された、会津松平氏ゆかりの庭園です。室町時代、この地に湧いていた霊泉のそばに、葦名氏が別邸を建てたことが始まりと伝えられています。

会津藩2代目藩主である保科正経が、領民を疫病から救うため、この地に薬草園を設けたことから「御薬園」という名前がつけられました。

3代藩主の松平正容が朝鮮人参の栽培を試み、民間へと広めたことでも知られています。

心字の池を中心に配置された、池泉回遊式の大庭園は、江戸中期の作庭家によって、大きく手が加えられ、今の姿になりました。

池の中島に建つ楽寿亭や、藩主が休息に使った御茶屋御殿からは、静かで穏やかな会津の時間を感じることができます。

会津戦争の際には、新政府軍の療養所として使われたため焼失をまぬがれ、当時の刀傷が今も御茶屋御殿に残されています。約400種類もの薬木・薬草が今も植えられ、歴史と自然を、あわせて楽しめる庭園です。

東山温泉(会津若松の奥座敷) ひがしやまおんせん

東山温泉は、会津若松市街から南東へおよそ3キロメートル、湯川のほとりに広がる温泉地です。

開湯は8世紀後半、僧の行基が、三本足の烏に導かれてこの温泉を見つけたという、大変古い伝説が残っています。

江戸時代には会津藩の湯治場として栄え「会津若松の奥座敷」として、多くの人に親しまれてきました。

会津藩松平家の別荘を起源とする老舗旅館や、新選組副長の土方歳三が、戦いで受けた傷をいやしたと伝えられる源泉を持つ旅館など、この地には数々の歴史が息づいています。

今も芸妓が活躍する温泉街として知られ、華やかな彩りを添えています。会津若松の観光拠点から近く、鶴ヶ城や飯盛山をめぐったあとに、ゆったりと旅の疲れをいやすのにぴったりの温泉地です。

芦ノ牧温泉 あしのまきおんせん

芦ノ牧温泉は、大川の渓谷沿いに広がる、開湯からおよそ1200年という歴史を持つ、静かな温泉地です。会津若松市街地と大内宿のちょうど中間に位置しているため、会津観光の拠点として、大変便利な立地にあります。

この温泉地を語るうえで欠かせないのが、会津鉄道芦ノ牧温泉駅の看板猫として親しまれている、猫の駅長です。初代の「ばす」から続くこの取り組みは、猫が見守る駅として、多くのファンに愛され続けています。

渓流を望む露天風呂に浸かりながら、春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色と、四季折々の自然の移ろいを楽しめることも、この温泉地ならではの魅力です。

大内宿(宿場町、ネギソバ) おおうちじゅく

大内宿は、南会津郡下郷町にある、江戸時代の会津西街道沿いに栄えた宿場町です。

全長およそ450メートルの通りの両側に、茅葺き屋根の民家が30軒以上も立ち並ぶ、他ではなかなか見られない景観が広がっています。

明治時代の鉄道開通によって、宿場としての役割は失われましたが、1981年に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、福島県を代表する観光地として今も大切に守られています。

大内宿の名物といえば、1本の長ネギを箸代わりにして食べる、ユニークな「ネギそば」です。

会津藩主となった保科正之が、故郷の信州高遠から伝えたことにちなんで「高遠そば」とも呼ばれ、婚礼の際にこのそばを食べる会津地方の風習から「祝言そば」という呼び名でも親しまれています。

街道沿いに立つ火の見やぐらは、山村ゆえに恐れられていた火災から集落を守るため建てられたもので、今も防災の日には、一斉放水という迫力ある催しが行われます。

江戸時代にタイムスリップしたかのような、この特別な町並みを歩く体験は、忘れられない旅の思い出になるはずです。

塔のへつり

塔のへつりは、南会津郡下郷町にある、大川が作り出した景勝地です。「へつり」とは、会津地方の方言で、川に迫った険しい断崖という意味を持ちます。

名前の通り、高さおよそ70メートル、幅およそ100メートルにわたって、塔のような形をした断崖が連なる、たいへん珍しい景観が広がっています。

この不思議な地形は、100万年という気の遠くなるような歳月をかけて、浸食と風化がくり返された結果、生まれました。

柔らかい地層が流れ出し、かたい部分だけがひさしのように張り出して、幾層にも重なる塔のような姿になったのです。

屏風岩や烏帽子岩、獅子塔岩など、それぞれの形にちなんだ名前がつけられていることも、見どころの1つです。

断崖にはつり橋がかけられ、内部を見学することもできます。1943年に国の天然記念物に指定されたこの場所は、春の新緑や藤の花、秋の紅葉と、四季を通じて違った美しさを見せてくれます。

福島市

福島市は、福島県の県庁所在地であり、県の政治・経済の中心となる街です。東京駅から東北新幹線でおよそ1時間半という近さでたどり着ける、東北への玄関口としての役割を担っています。

福島市を象徴する景色の1つが、市街地の中に独立してそびえる、全国的にも珍しい里山です。

この山のふもとに広がる花見山公園では、梅やハナモモ、桜、レンギョウなど、およそ70種類もの花々が春に次々と咲き競い、山全体が淡いピンク色に染まる、まるで桃源郷のような光景が広がります。

1959年、地元の花木農家が「きれいな花をたくさんの人に見てほしい」という想いから、私有地を一般に開放したことが、この景色が誕生したきっかけです。

天気の良い日には、吾妻連峰や安達太良連峰までを見わたすこともでき、自然と人の想いが織りなす、福島市ならではの絶景を楽しむことができます。

飯坂温泉(福島の奥座敷) いいざかおんせん

飯坂温泉は、福島市の北部に広がる、宮城県の鳴子温泉、秋保温泉とともに「奥州三名湯」の1つに数えられる、東北屈指の温泉地です。

2世紀ごろ、東征に向かう日本武尊がこの地で湯治をしたという伝承が残るほど、たいへん古い歴史を持っています。

江戸時代の1689年には、俳人の松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅の道中でこの地に立ち寄ったと伝えられています。

この温泉のシンボルである共同浴場「鯖湖湯」は、明治22年に建てられた、日本最古の木造建築共同浴場として知られていましたが、平成5年に改築され、今もその趣を伝えています。

歌人の与謝野晶子もこの湯を愛し、月あかりが差しこむ湯船のぬくもりを、歌に詠み残しました。今も8軒の共同浴場が残り、レトロで懐かしい風情の残る温泉街を歩きながら、湯めぐりを楽しむことができます。

「福島の奥座敷」と呼ぶにふさわしい、歴史と文化が息づく名湯です。

三春滝桜 みはるたきざくら

三春滝桜は、田村郡三春町にある、樹齢1000年を超えるといわれる、紅枝垂れ桜の巨木です。

枝の広がりは東西25メートル、南北20メートルにもおよび、まるで桜の滝が流れ落ちているかのような、その圧倒的な姿から「滝桜」と名づけられました。

岐阜県の淡墨桜、山梨県の神代桜とともに「日本三大桜」の1つに数えられ、国の天然記念物にも指定されています。

例年4月上旬に見ごろを迎えるこの桜は、開花期間中、周辺に臨時の直行バスが運行されるほど、全国から多くの花見客を集めます。

周辺には遊歩道が整備されており、1000年以上もの間、この地に立ち続けてきた大樹の生命力を、間近で感じながら散策することができます。

あぶくま洞

あぶくま洞は、田村市にある、東洋一とも言われるほど、種類と数の多い鍾乳石を持つ鍾乳洞です。1969年、石灰岩の採石場で作業をしていた際、偶然発見されました。

発見当初は、深さ12メートルほどの小さな縦穴にすぎませんでしたが、翌年の探検隊による調査で、その奥に広大な本洞が眠っていることがわかり、総延長3000メートルを超える、大規模な鍾乳洞であることが確認されました。

全長およそ600メートルの見学コースには、天井から下がる鍾乳石や、床から筍のように伸びる石筍が幾重にも連なり、最大のホールである「滝根御殿」では、他では見られない貴重な鍾乳石を、間近で鑑賞することができます。

日本の鍾乳洞で初めて舞台演出用の調光システムが導入された「月の世界」では、暗闇から朝日が昇り、夕日が沈むまでの様子が幻想的に演出され、まさに息をのむ美しさです。

丸太のはしごを渡る探検コースも用意されており、恋人の聖地にも認定されている、大自然が生んだ地底の芸術世界です。

いわき市

いわき市は、福島県の南東部、太平洋に面した海辺の街です。福島県内でも最も人口が多く、東北地方でも有数の広さを持つ都市として知られています。

かつては常磐炭鉱という、日本有数の炭鉱の町として栄え、その産業の歴史が、今も街のあちこちに息づいています。

炭鉱から観光へと大きく舵を切ったいわき市の歩みは、映画「フラガール」の題材にもなり、全国に大きな感動を与えました。

あぶくま洞のような自然の造形美から、いわき湯本温泉やスパリゾートハワイアンズといった温泉リゾート、太平洋を望む美しい灯台まで、変化に富んだ観光資源を持つことも、いわき市ならではの魅力です。

いわき湯本温泉 いわきゆもとおんせん

いわき湯本温泉は、いわき市にある、奈良時代から続くと伝えられる、大変古い歴史を持つ温泉地です。

傷ついた鶴を助けた2人の旅人が、数日後に「この湯を開くべし」というお告げを受け取ったことから、開湯したという言い伝えが残っています。

かつては「三箱の御湯」と呼ばれ、道後温泉、有馬温泉とともに「日本三古泉」の1つに数えられていました。

明治時代、常磐炭鉱で大規模な石炭採掘が始まると、坑内に温泉が湧き出してしまい、大正時代にはいったん湯脈が絶たれるという、大きな苦難を経験します。

それでも人々はあきらめず、炭鉱の技術を生かした揚湯の仕組みを築き上げ、昭和の時代に、みごと温泉を復活させました。

今では毎分5000リットルという、全国でも類を見ない豊かな湯量を誇り、硫黄泉と塩化物泉、硫酸塩泉が掛けあわさった、全国的にも珍しい泉質を持っています。

炭鉱の町から生まれ変わった、たくましい歴史そのものが、この温泉地の何よりの魅力です。

スパリゾートハワイアンズ

スパリゾートハワイアンズは、いわき湯本温泉にある、常夏をテーマにした大型温泉リゾート施設です。

1966年、炭鉱会社であった常磐炭礦株式会社が、石炭産業の先行きに不安を抱える中、炭鉱労働者とその家族のための新しい雇用の場を作ろうと、豊富に湧き出るいわきの温泉水を生かして開業させました。

当時としては珍しかった、温泉とプールを組みあわせたレジャー施設に、フラダンスショーという目玉を加えるという、大胆な発想が功を奏し、いわき湯本温泉の名前を、一気に全国へと広める存在になりました。

この炭鉱から観光へと生まれ変わった感動の物語は、2006年に映画「フラガール」として公開され、多くの賞を受賞するほどの大ヒットとなりました。

世界最大級の広さを誇る浴槽を備えたウイルポートなど、複数の温泉テーマパークやホテル、ゴルフ場からなるこの施設は、東日本大震災で大きな被害を受けながらも、力強く復興を遂げ、今も福島県を代表するリゾートとして、多くの観光客を迎え続けています。

福島県ならではの祭りと伝統行事

福島県には、古くから歌に詠まれてきた歌枕の地や、日本一の広さを誇る国立公園、そして1000年以上受けつがれてきた勇壮な祭りまで、心を打つ魅力があふれています。

勿来の関 なこそのせき

勿来の関は、いわき市にある、平安時代から歌に詠まれてきた、たいへん有名な歌枕の地です。

「勿来」という文字には「来るな」という意味がこめられ、かつて朝廷が、蝦夷と呼ばれた東北の人々の侵入を防ぐために設けた関所の1つだったと伝えられています。

平安時代の武将、源義家がこの地を通った際、桜が風に吹かれて道いっぱいに散る光景を目にし、風よ吹かないでくれと願う心情を歌に詠んだことで、この場所は一躍有名になりました。

紀貫之や小野小町、和泉式部といった、名だたる歌人たちも、この地を歌に詠んでいます。

江戸時代には、この地を治めていた磐城平藩が、桜の植樹などの整備を重ね、観光地としての姿を作り上げました。

今も残る源義家の歌碑や、松尾芭蕉の句碑をたどりながら、遠い平安の世に思いをはせる、文学の香り高い場所です。

国立公園の磐梯朝日 ばんだいあさひ

福島県内の磐梯朝日国立公園は、磐梯山、吾妻連峰、安達太良山、猪苗代湖という、変化に富んだ火山地形を持つエリアです。

1888年の磐梯山の大噴火によって、裏磐梯には桧原湖や五色沼をはじめとする、300を超える湖沼群が生まれました。

この火山活動が生み出した、荒々しさと美しさをあわせ持つ地形が、この国立公園の大きな特徴です。

吾妻連峰には、荒涼とした火山礫の大地に、可憐な高山植物が花を咲かせる、特別な景観が広がっています。

安達太良山は、整った三角形の山容を表磐梯から望める一方、裏磐梯から見ると、山体が崩れた荒々しい姿を見せるという、2つの表情を持つ山です。

登山やハイキング、温泉浴、スキーまで、幅広い楽しみ方ができるこの国立公園は、福島県が持つ自然の奥深さを、まるごと体感できる場所です。

祭りの相馬野馬追 そうま のまおい

相馬野馬追は、南相馬市を中心に、毎年5月の最終週に3日間にわたって開催される、1000年以上の歴史を持つ祭りです。

その起源は平安時代中期、相馬氏の祖とされる平将門が、原野に放った野馬を敵兵に見立てて捕らえるという、軍事訓練を行ったことにさかのぼると伝えられています。

祭りの最大の見どころは、甲冑に身を包んだおよそ400騎もの騎馬武者が繰り広げる、迫力満点の絵巻です。

相馬中村神社での出陣式に始まり、街を練り歩く行列、雲雀ヶ原祭場地で行われる甲冑競馬、そして御神旗を空高く打ち上げ、馬上から奪いあう神旗争奪戦は、まさに戦国時代さながらの熱気に包まれます。

国の重要無形民俗文化財にも指定されているこの祭りは、鎌倉時代から続く相馬氏の伝統と、地域の人々の誇りを、今に伝え続けています。

2024年からは、夏の暑さを避けるため、開催時期が7月から5月へと移されました。

福島県のオススメの食べ物

まず絶対に外せないのが、喜多方ラーメンです。あっさりとした醤油スープと、多加水の太いちぢれ麺の組みあわせは、朝から食べる「朝ラー」の文化があるほど、地元の人々の生活に深く根づいています。

会津のもう1つのソウルフードといえば、身欠きにしんを甘辛く煮た「にしんの山椒漬け」も見逃せません。会津の武家料理から生まれた、山椒の香りが効いた奥深い味わいです。

浜通りに行くなら、常磐ものと呼ばれる新鮮な海の幸をぜひ味わってほしいです。

太平洋の荒波にもまれて育った魚介は、身の締まりが格別。いわきのメヒカリの唐揚げは、外はサクサク、中はふわふわで、一度食べたら忘れられません。

もう1つ、福島県といえば果物です。桃の生産量は全国トップクラスで、夏に味わうとろけるような甘さと、あふれる果汁は、まさに至福の瞬間です。

福島の桃は、皮ごとかぶりつくのがおすすめで、その豊かな香りが口いっぱいに広がります。

そして、会津地方に伝わる郷土料理「こづゆ」も外せません。貝柱の出汁で、里芋やにんじん、きくらげといった具材を上品に煮こんだ、会津の祝いの席に欠かせない一品です。

飯坂温泉あたりで親しまれる「いか人参」も、酒の肴として絶妙な味わいです。福島県は、ラーメンも海の幸も果物も郷土料理も、すべてが濃厚に詰まった、食の宝庫だと言えます。

この記事を書いた人

旅行、観光、IT・Webマーケティングの仕事に25年ほど携わってきた40代。現在はインバウンド対応に悩む店舗・宿泊施設の方々に向けて、実際に使えるツールや方法をまとめています。導入コストや使い勝手を含めて丁寧に検証することを心がけています。