山形県[羽前・うぜん]には、もっと長く滞在してもらうための工夫の余地が、まだまだ残されている

山形県ってどんなところ?基本情報とインバウンドから見た魅力

山形県と聞いて、何を思い浮かべますか。修行僧が命がけで祈りを捧げる出羽三山、松尾芭蕉が静けさをたたえた山寺、そして芋煮会の湯気立ちのぼる河原。

東北地方の日本海側に位置するこの県には、深い信仰と、豊かな自然、そして温かい食文化が息づいています。

山形県は、蔵王連峰や出羽三山、月山といった雄大な山々に囲まれ、県土の7割以上が森林という、緑豊かな土地です。

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将棋の駒やさくらんぼの生産量では、全国トップクラスを誇り、日本酒の名産地としても知られています。

仙台空港からのアクセスもよく、台湾からの直行便を活用した周遊ルートも、少しずつ広がりを見せています。

数字を見ると、山形県のインバウンドは、着実な伸びを続けています。

2025年、山形県が発表した外国人旅行者の受け入れ延べ人数は、前の年から20.1%増の74万2815人となり、2023年以降3年連続で過去最高を更新しました。

国や地域別に見ると、仙台空港への直行便の運航数が多い台湾からのお客さまが、全体の65.7%という圧倒的な割合をしめています。次いでタイ、香港、中国といった、アジアの国と地域からのお客さまが続いています。

一方で、山形県ならではの課題も見えてきています。山形市を訪れた外国人観光客のおよそ半数は、市内に宿泊せずに次の目的地へと向かってしまうというデータもあります。

これは裏を返せば、山形県には、もっと長く滞在してもらうための工夫の余地が、まだまだ残されているということです。

出羽三山が持つ深い精神性、山寺の静けさ、そして芋煮会に代表される温かい食文化。こうした山形県ならではの魅力を、これからどう伝え、どう滞在時間を延ばしていくかが、大きな鍵になります。

山形県を代表する自然と景勝地

山形県には、修行僧が命がけで祈りを捧げてきた霊山や、豊かな水運がもたらした港町の繁栄など、心を打つ景色と歴史があふれています。まずは前半5か所を、情熱をこめてご紹介します。

鳥海山(出羽富士) ちょうかいざん

鳥海山は、山形県と秋田県にまたがる、標高2236メートルの活火山です。その美しく整った姿から「出羽富士」とも呼ばれ、古くから多くの人に親しまれてきました。

山全体が国定公園に指定されており、貴重な原生林や高山植物を目当てに、毎年多くの登山者や観光客が訪れます。

個性的な滝やカルデラ湖など、変化に富んだ表情を見せてくれることも、この山の大きな魅力です。

山麓には景勝地や湧水スポットが点在し、山肌を縫うように走る鳥海ブルーラインは、ドライブコースとしても高い人気を誇ります。

天候に恵まれれば、朝日に照らされた鳥海山のシルエットが、海面にくっきりと浮かび上がる「影鳥海」という幻想的な光景に出会えることもあります。

最上川(芭蕉ライン) もがみがわ

最上川は、山形県と福島県の境にそびえる西吾妻山を源流とし、県内をほぼ縦断しながら、酒田市で日本海へと注ぐ、全長229キロメートルの大河です。

球磨川、富士川とともに、日本三大急流の1つに数えられ、江戸時代には米や紅花を運ぶ舟運の大動脈として、この地の繁栄を支えてきました。

江戸時代の俳人、松尾芭蕉も「おくのほそ道」の旅の道中でこの川を訪れ、初夏の雨で増水し、すさまじい勢いで流れ下る川の様子を、句に詠み残しています。

今も残る戸沢藩船番所を発着点とする「最上川芭蕉ライン舟下り」では、船頭が唄う最上川舟唄に耳をかたむけながら、四季折々の絶景を、ゆったりと楽しむことができます。

冬には、あたたかいこたつを備えた「こたつ舟」も運航され、雪化粧をまとった水墨画のような景色を、寒さを忘れて堪能できます。

出羽三山(月山、湯殿山、羽黒山) でわさんざん

出羽三山は、月山、湯殿山、羽黒山という3つの山の総称で、6世紀に開かれたと伝えられる、東日本最大の山岳信仰の霊場です。

主峰である月山を中心に、北に羽黒山、西に湯殿山が連なるこの配置は、仏教において神聖な意味を持つとされています。

羽黒山は現世、月山は前世、湯殿山は来世という、3つの浄土をそれぞれ表すとされ、羽黒山から月山、湯殿山へとめぐる巡礼は「生まれかわりの旅」として、今も多くの人に受けつがれています。

深い信仰と、山や自然そのものに心を寄せてきた日本人の精神性が、色濃く息づくこの霊場は、2016年に日本遺産にも認定されました。

人間よりも大きな存在に向きあい、自然の中で心の闇をそっと解き放つ。出羽三山は、そんな特別な体験を、訪れる人にもたらしてくれる場所です。

国宝の五重塔 ごじゅうのとう

国宝の五重塔は、出羽三山の玄関口である羽黒山に立つ、東北地方で最も古い塔です。平安時代の武将、平将門によって創建されたと伝えられ、荘厳な佇まいは、訪れる人の心を強くとらえます。

羽黒山の随神門から山頂へと続く杉並木は、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで三つ星に選ばれるほどの美しさです。

この杉並木を10分ほど歩くと、巨大な杉に囲まれた五重塔が、突如として姿を現します。そのそびえ立つ迫力に、思わず声を上げてしまうほどです。

かたわらには、樹齢1000年ともいわれる特別天然記念物の巨杉「爺杉」も立ち、国宝の塔とともにカメラにおさめられる、絶好の撮影スポットとなっています。夏にはライトアップも行われ、幻想的な姿を見せてくれます。

酒田市 さかたし

酒田市は、最上川が日本海へと注ぐ河口に開けた、山形県を代表する港町です。江戸時代、大阪と日本海側の港を結ぶ「北前船」の寄港地として、日本でも有数の賑わいを見せた歴史を持ちます。

北前船が運んだのは、モノだけではありませんでした。上方の文化も一緒に酒田へともたらされ、茶屋では芸妓たちが舞踊や琴の芸を磨き、料亭文化が花開く都市へと発展していきました。

「北の国一番の米の買入」とうたわれた豪商、本間家をはじめとする商人たちの活躍によって、酒田は「西の都」とまで呼ばれるほどの繁栄を極めたのです。

今も残る歴史的な町並みと、そこに息づく開放的な気風は、各地の文化が混じりあいながら育まれてきた、酒田ならではの魅力を、静かに物語っています。

本間美術館 ほんまびじゅつかん

本間美術館は、酒田を代表する豪商であった本間家が、大名から拝領した品々や、価値ある歴史資料を数多く収蔵する美術館です。

1813年に、本間家4代目当主である本間光道が別荘として築いた「清遠閣」と、その庭園「鶴舞園」を舞台に、1947年、戦後初の私立美術館として開館しました。

鳥海山を借景にした池泉回遊式庭園である鶴舞園は、国の名勝にも指定されています。

清遠閣は、江戸時代には庄内藩主や幕府の要人を、明治以降は皇族や政府高官、文人墨客をもてなす、酒田の迎賓館としての役割も果たしてきました。

1925年には、後の昭和天皇がこの地に宿泊するという、大変栄誉ある出来事もありました。庭園を眺めながら、本間家ゆかりの茶器「本間焼」で抹茶を味わえることも、この美術館ならではの楽しみです。

山居倉庫 さんきょそうこ

山居倉庫は、酒田のシンボルとして親しまれている、白壁の米保管倉庫です。1893年、酒田米穀取引所の付属倉庫として、最上川と新井田川に挟まれた「山居島」に建てられました。

土蔵造りの倉庫が9棟から12棟並び立つ姿は、舟による米の積み下ろしに便利な立地とあいまって、米の積出港として栄えた酒田の歴史を、今に伝えています。

夏の高温を防ぐために植えられた、背後に連なるケヤキ並木も、この倉庫の大きな見どころです。

樹齢150年を超えるケヤキが作り出す木陰と、二重屋根による湿気防止の工夫など、自然の力を巧みに利用した先人の知恵が、随所に息づいています。

NHKの連続テレビ小説「おしん」のロケ地としても知られるこの場所は、今も現役の農業倉庫として稼働し続けており、庄内米が守り続けてきた、確かな品質へのこだわりを物語っています。

鶴岡市 つるおかし

鶴岡市は、気高い出羽三山から広大な庄内平野、そして日本海へと至る、変化に富んだ地形を持つ街です。

江戸時代には、酒井家が治める庄内藩14万石の城下町として栄え、藩校である致道館や、致道博物館が、今もその歴史を伝えています。

この街が特に誇るのが、豊かな食文化です。出羽三山の精進料理や、家庭で受けつがれてきた行事食、そして数百年にわたって農家の人々が守り続けてきた60種類を超える在来作物。

こうした食の厚みが高く評価され、2014年には、日本で初めて「ユネスコ食文化創造都市」に認定されました。

歴史ある城下町でありながら、最先端のバイオベンチャーが集まる研究拠点としての一面も持つ、伝統と革新が同居する、奥深い街です。

致道館 ちどうかん

致道館は、鶴岡市にある、東北地方で唯一現存する藩校の建物です。1805年、庄内藩の士風を刷新し、優れた人材を育てることを目的に、酒井家9代目藩主である忠徳によって創設されました。

徂徠学を教えの中心に据え、画一的な教え方ではなく、1人ひとりの天性に応じて長所を伸ばすという、当時としては先進的な教育方針が取られていたことも、この藩校の大きな特徴です。

この自主性を重んじる気風は、学問や芸術、産業活動を活発にし、稲の品種改良に情熱を注いだ人物など、多くの優れた先人を、この地から輩出してきました。

今も残る表御門や聖廟、講堂、御入間からは、当時の質実剛健な学びの空気を、静かに感じとることができます。

湯野浜温泉 ゆのはまおんせん

湯野浜温泉は、庄内平野の西部、日本海に面した、開湯からおよそ1000年の歴史を持つ、海辺の温泉郷です。

1053年から1058年ごろ、大きな海亀が砂浜に湧き出る温泉で傷を癒しているのを見つけたという言い伝えから、かつては「亀の湯」とも呼ばれていました。

この温泉地の何よりの魅力は、目の前に広がる約1キロメートルの白浜海岸と、そこに沈む夕日を眺めながら味わう露天風呂です。

オレンジ色に染まった水平線に日が沈んでいく光景は「日本の夕陽百選」にも選ばれています。

かみのやま温泉、福島県の東山温泉と並んで「奥羽三楽郷」の1つにも数えられる、歓楽地としての賑わいを持つ歴史も、この温泉地ならではの特徴です。

海を望む客室で過ごす贅沢な時間と、夏には海水浴やマリンスポーツも楽しめる開放感を、あわせて味わえる温泉リゾートです。

あつみ温泉

あつみ温泉は、鶴岡市にある、およそ1200年前に開かれたと伝えられる、歴史深い温泉地です。

傷を癒す一羽の鶴を見つけたことから、その歴史が始まったという、心あたたまる言い伝えが残っています。

江戸時代には、庄内藩主である酒井忠勝がこの地に入国した後、藩の湯役所が設けられ、湯治場としての賑わいを見せるようになりました。

松尾芭蕉や、歌人の与謝野晶子、作家の横光利一といった、名だたる文人墨客にも愛され、数々の小説や詩歌にその魅力がうたわれてきました。

夕方になると、風呂桶を手に共同浴場へと向かう人々の姿が見られる、この土地に根づいた温泉文化そのものが、あつみ温泉の何よりの魅力です。

免疫力や血行を促し、肌をやさしく整えてくれるこの名湯は、鶴も人もいやしてきたという歴史を、今なお静かに受けついでいます。

立石寺(山寺) りっしゃくじ

立石寺は「山寺」の通称で知られる、東北を代表する霊山です。860年、天台座主第3世の慈覚大師円仁によって創建されました。奇岩怪石が連なる山全体が、修行と信仰の場となっています。

この地を語るうえで欠かせないのが、俳聖と称される松尾芭蕉との深いつながりです。

「おくのほそ道」の旅の道中でこの地を訪れた芭蕉は、静寂に包まれた山中で聞いた蝉の声を、あまりの静けさを際立たせる存在として句に詠み、その情景は今も広く語りつがれています。

登山口から奥之院までは、1015段におよぶ石段が続き、一段登るごとに、人の心にひそむ煩悩が1つずつ消えていくと言われています。

国の重要文化財である根本中堂や、邪心を持つ人をにらむ仁王門、巨大な奇岩の上に建つ開山堂など、道中に広がる見どころの数々をたどりながら、静寂の中で心を澄ませる時間を過ごせる、特別な場所です。

蔵王山(御釜) ざおうざん

蔵王山は、宮城県と山形県の県境にそびえる、日本百名山の1つに数えられる火山群です。最高峰の熊野岳をはじめ、刈田岳、地蔵岳、五色岳などの山々からなり、蔵王連峰とも呼ばれています。

蔵王山を象徴する存在が、五色岳の中にある火口湖「御釜」です。

釜のような形をしていることから、この名がつけられ、天候や日差しの角度によって、エメラルドグリーンやるり色へと湖面の色を変えることから「五色沼」という別名でも親しまれています。

直径はおよそ330メートル、最大水深はおよそ30メートル。強い酸性の水質のため、生き物は生息していません。

荒々しい火口壁と、神秘的な湖面の色とのコントラストは、見るたびに違った表情を見せてくれます。

蔵王エコーラインから蔵王ハイラインを経由すれば、山形県側からも宮城県側からも、この絶景にアクセスすることができ、冬の樹氷とあわせて、蔵王山を代表する見どころとなっています。

蔵王温泉 ざおうおんせん

蔵王温泉は、蔵王連峰の西のふもと、標高880メートルの場所にある、開湯からおよそ1900年という、日本屈指の歴史を誇る名湯です。

西暦110年ごろ、東征に従った武将が毒矢を受けて苦しんでいたところ、この温泉に浸かって全快したという言い伝えが残っており、その武将の名にちなんで「高湯」と呼ばれるようになりました。

5つの源泉群から湧き出る47もの源泉があり、全国でも有数の湯量を誇ります。強い酸性を持つ乳白色の硫黄泉は「美肌の湯」「美人づくりの湯」として、古くから親しまれてきました。

上湯、下湯、川原湯という3つの共同浴場を巡りながら、老舗旅館やお土産店が立ち並ぶ高湯通りをそぞろ歩くのも、蔵王温泉ならではの楽しみです。

冬には、蔵王ロープウェイに乗って、樹氷が作り出す「スノーモンスター」を間近に眺めることもでき、東北最大級のスキー場とあわせて、1年を通じて多くの人を魅了しています。

銀山温泉 ぎんざんおんせん

銀山温泉は、大正末期から昭和初期に建てられた、洋風木造多層の旅館が、銀山川の両岸に軒を連ねる、山形を代表する人気温泉地です。

その名前は、江戸時代初期に栄えた「延沢銀山」という鉱山の名前に由来しています。

銀山の衰退後、この地はいったん静けさを取り戻しましたが、昭和の初め、源泉のボーリングによって高温の湯が豊富に湧き出るようになったことをきっかけに、旅館が一斉に洋風の建物へと建て替えられ、今のノスタルジックな景観が形作られました。

夕暮れどきになると、橋のたもとに立つガス灯にあかりがともり、大正ロマンの世界に迷いこんだかのような、幻想的な雰囲気に包まれます。

石畳の小道を、着物やはかまに着替えて散策すれば、まるで時代を超えたような特別な気分を味わえます。豪雪地帯ならではの雪景色に包まれる冬の姿は、この温泉地の魅力を、さらに際立たせてくれます。

天童温泉 てんどうおんせん

天童温泉は、山形県のほぼ中央、舞鶴山の北側に広がる温泉地です。明治時代、田んぼの下から高温の源泉を掘り当てたことがきっかけとなり、その歴史が始まりました。

肌あたりのやさしい湯は、疲労回復や冷え性に効能があるとされています。

天童市といえば、将棋の駒の生産量が日本一を誇る街としても知られ、街のあちらこちらに、将棋の駒をモチーフにしたデザインを見つけることができます。

温泉街には足湯や散策スポットも点在し、のんびりと旅情を感じながら町歩きを楽しめます。

東京駅から新幹線でおよそ3時間というアクセスの良さも魅力で、県内観光の拠点として、多くの旅行者に選ばれている温泉地です。

かみのやま温泉

かみのやま温泉は、1458年に開かれたと伝えられる、560年以上の歴史を持つ、山形県を代表する温泉城下町です。

旅の僧侶であった月秀が、沼地に湧く湯で傷ついたすねを癒し、やがて元気に飛び去っていく1羽の鶴の姿を見かけたことから、その歴史が始まったと言われ「鶴脛の湯」という別名でも親しまれています。

江戸時代には上山城が築かれ、上山藩の城下町、そして羽州街道の宿場町として大いに繁栄しました。今も残る江戸時代の武家屋敷や蔵の町並みからは、当時の風情を色濃く感じることができます。

1878年には、イギリスの旅行家イザベラ・バードもこの地を訪れ、外国人が来やすい保養地になる可能性を、著書の中で紹介しています。

湯野浜温泉、福島県の東山温泉と並ぶ「奥羽三楽郷」の1つとして、歴史ある城下町の風情と、蔵王連峰を望む雄大な自然を、あわせて味わうことができる温泉地です。

山形県ならではの祭りと伝統行事

山形県には、戦国最強と称された武将を祀る神社や、山々が織りなす国立公園、そして紅花に彩られた夏祭りまで、心を打つ魅力があふれています。

米沢市(上杉神社) よねざわし うえすぎじんじゃ

米沢市は、戦国時代から江戸時代にかけて活躍した、上杉家ゆかりの城下町です。

米沢城の本丸跡には、上杉家の家祖であり、戦国最強の武将とも語り継がれる上杉謙信を祭神とする、上杉神社が建立されています。

開運招福や学業成就、商売繁盛のご利益があるとされ、県外からも多くの参拝者が訪れます。

参道にかかる舞鶴橋には「毘」と「龍」の文字が書かれた軍旗がひるがえります。

「毘」は謙信が篤く信仰した毘沙門天を、「龍」は不動明王を表しており、仏教を深く信仰した謙信が、この2柱の力を味方につけて戦に臨んだと伝えられています。

境内の稽照殿には、家臣である直江兼続が愛用した、あの有名な「愛」の前立てをつけた兜など、貴重な文化財が数多く展示されています。

桜が咲く4月下旬から5月上旬には「米沢上杉まつり」が開催され、千数百人が甲冑をまとって練り歩く「上杉行列」や、川中島の戦いを再現する迫力ある演出が繰り広げられます。

米沢藩の財政を立て直した名君、上杉鷹山の教えとともに、質実剛健な上杉家の精神が、今もこの街に息づいています。

国立公園の磐梯朝日 ばんだいあさひ

磐梯朝日国立公園は、山形県、福島県、新潟県の3県にまたがる、日本で3番目の広さを誇る国立公園です。

出羽三山から朝日連峰にかけての地域、飯豊連峰を中心とした地域、そして磐梯山や猪苗代湖を含む地域という、3つのエリアから成り立っています。

山形県内では、月山や湯殿山、羽黒山という出羽三山と、日本百名山の1つに数えられる朝日連峰、そして新潟や福島との県境に連なる飯豊連峰や吾妻連峰が、この国立公園に含まれています。

標高1400メートルの高原に広がる月山の弥陀ヶ原湿原や、険しい尾根を登り切った先に広がる飯豊連峰の稜線など、原始の自然が今も色濃く残されています。

登山初心者から上級者まで、それぞれのレベルに応じて楽しめる山々が広がり、信仰登拝や温泉浴、スキーといった、多彩な楽しみ方ができることも、この国立公園の大きな魅力です。

祭りの山形花笠まつり はながさまつり

山形花笠まつりは、毎年8月5日から7日にかけて、山形市の中心市街地で開催される、東北を代表する夏祭りです。

青森のねぶた祭り、秋田の竿燈まつり、仙台の七夕まつりとあわせて「東北四大祭り」の1つに数えられています。

この祭りの起源は、大正時代、尾花沢市で行われていた灌漑用水工事の際、作業の調子を合わせるために歌われていた労働歌にさかのぼると伝えられています。

この歌が昭和の初めに民謡として形を整え「花笠音頭」として親しまれるようになりました。

1963年、蔵王の観光開発を目的とした祭りの中で、花笠音頭にあわせたパレードが初めて行われ、1965年からは、単独の祭りとして今の姿になりました。

県花である紅花をあしらった花笠を手にした踊り手たちが「ヤッショ、マカショ」という威勢のいい掛け声とともに、そろいの浴衣で踊り歩く姿は、まさに圧巻です。

3日間で1万人を超える踊り手が繰り出すこの祭りは「フラワーハットダンス」として世界にも知られ、国内外から多くの見物客を集めています。

山形県のオススメの食べ物

山形県の食べ物、思い浮かべるだけで心が弾んでしまうほど、魅力にあふれています。

まず絶対に外せないのが、米沢牛です。とろけるような柔らかさと、上品な甘みを持つ脂は、まさに日本三大和牛に数えられるにふさわしい味わいです。

すき焼きやステーキでいただけば、その実力を存分に堪能できます。

麺類なら、冷たいラーメンをぜひ試してほしいです。山形は、ラーメンの年間消費量が全国トップクラスを誇るラーメン県。

中でも夏に食べる冷やしラーメンは、山形ならではの独自の食文化です。キンキンに冷えたスープと、コシのある麺の組みあわせは、暑い季節にすっきりと食べられる、他の地域にはない魅力を持っています。

季節の果物も、山形県の大きな誇りです。さくらんぼの生産量は日本一で、初夏に味わう佐藤錦は、ぷりぷりとした果肉と上品な甘さが格別です。

秋にはラ・フランスも旬を迎え、とろけるような果肉と芳醇な香りに、心まで満たされます。

郷土料理なら、芋煮も忘れてはいけません。里芋と牛肉、こんにゃく、ねぎを、しょうゆ味でじっくり煮こんだ、山形の秋の風物詩です。

河原に鍋を持ちよって、仲間や家族と一緒に味わう芋煮会という文化そのものが、山形の温かい人情を物語っています。

そして、米沢や庄内で親しまれてきた郷土料理、どんがら汁も外せません。

寒鱈のアラを使った、この地ならではの冬の鍋料理で、体の芯からあたたまる濃厚な旨味が魅力です。山形県は、和牛も麺も果物も郷土料理も、すべてが力強く、心にじんとくる味ばかりです。

この記事を書いた人

旅行、観光、IT・Webマーケティングの仕事に25年ほど携わってきた40代。現在はインバウンド対応に悩む店舗・宿泊施設の方々に向けて、実際に使えるツールや方法をまとめています。導入コストや使い勝手を含めて丁寧に検証することを心がけています。