対応言語を増やしすぎて失敗したケース|手を広げすぎることのリスクと正しい絞り方

「全部の言語に対応すれば安心」その思い込みが、店を苦しめていませんか

ある観光地の土産物店の店主は、外国人旅行者を迎えるにあたって、大きな決断をしました。

英語だけでなく、中国語、韓国語、タイ語、フランス語まで、思いつく限りの言語でメニューと案内表示を用意したのです。

「これだけ揃えておけば、どこの国から来たお客さんにも、きっと安心してもらえる」そう信じて、時間とお金をかけて準備を進めました。

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しかし、数か月が経つと、思わぬ現実が見えてきました。新商品を追加するたびに、5つの言語すべてを直さなければならず、更新作業が追いつかなくなっていったのです。

気づけば、英語の案内だけは新しくなっているのに、他の言語は古いままという、ちぐはぐな状態になっていました。

さらに、翻訳ツールに頼って急いで作った言語の案内は、時折不自然な表現になってしまい、そのことに気づいた旅行者から、「なんだか雑な印象を受けた」という声が寄せられることもありました。

良かれと思って手を広げたはずが、かえってお店の印象を悪くしてしまう。こうした失敗は、決して珍しいことではありません。

対応言語を増やしすぎることが、なぜ失敗につながってしまうのか、そして、正しい絞り方とはどういうものなのか、丁寧に見ていきます。

なぜ対応言語を増やしすぎると失敗につながるのか

一つの言語で案内を整えるだけでも、実はかなりの手間がかかります。メニューの内容を正確に訳し、営業時間や注意事項を伝える文章を作り、それを見やすい形に整えていく。

これだけの作業を、たった一つの言語のために行っています。

それを、5つの言語で同時に行うということは、単純に考えても、5倍の手間がかかるということです。

しかし、実際のお店で働く人数や、かけられる時間は、言語の数が増えたからといって、5倍になるわけではありません。

限られた人手と時間の中で、無理やり5つの言語を同時に管理しようとすれば、どこかで必ず、手が回らなくなる部分が出てきます。

さらに恐ろしいのは、この「手が回らない状態」が、お客さんの目にはっきりと見えてしまうという点です。

ある言語だけ情報が新しく、別の言語は古いままになっていたら、旅行者は、「このお店は、私たちの言語には、それほど力を入れていないのかもしれない」と感じてしまいます。

中途半端な対応は、何もしないよりも、かえって冷たい印象を与えてしまうことがあるのです。

つまり、対応言語を増やすということは、それだけ多くの責任を、同時に背負うということでもあります。

「広く浅く」対応しようとした結果、どの言語のお客さんにも、十分な情報を届けられない。これが、対応言語を増やしすぎることで起きてしまう、一番の落とし穴です。

対応言語を増やしすぎて失敗した具体的なケース

①すべての言語で情報の更新が追いつかなくなった

冒頭で紹介した土産物店のように、複数の言語で案内を用意したものの、日々の更新が追いつかなくなってしまうケースは、決して珍しくありません。

新しい商品が入荷した時、季節限定のメニューを追加した時、営業時間を変更した時。こうした変化が起きるたびに、本来であれば、すべての言語の案内を、同じタイミングで直さなければなりません。

しかし、5つも6つもの言語を抱えていると、まず日本語の案内を直し、それから英語を直し、と順番に作業を進めていくうちに、時間がかかりすぎて、途中で力尽きてしまうことがあります。

その結果、日本語と英語の案内は新しくなっているのに、中国語やタイ語の案内は、何か月も前の情報のまま放置されている、という状態が生まれてしまいます。

旅行者は、自分の国の言語で書かれた案内を信じて行動します。しかし、その情報が古いままであれば、実際の商品やサービスとの間に、大きなずれが生まれてしまいます。

情報が古いということは、旅行者にとって、単なる不便さでは済まされません。

存在しないはずの商品を求めて訪れたり、間違った営業時間を信じて足を運んでしまったりと、実際の来店行動そのものに、悪い影響を与えてしまうのです。

②翻訳の質が言語ごとにバラバラになった

複数の言語に対応しようとする時、すべての言語を、同じように丁寧に翻訳することは、想像以上に大変な作業です。

ある飲食店では、英語のメニューだけは、時間をかけて丁寧に翻訳したものの、他の言語については、時間が足りず、翻訳ツールにそのまま任せてしまいました。

その結果、英語のメニューは、料理の特徴や魅力が自然な言葉で伝わる、読みやすい内容に仕上がりました。

しかし、翻訳ツールに任せた他の言語のメニューは、単語を機械的に置き換えただけのような、不自然な文章になってしまいました。

料理名の意味がうまく伝わらなかったり、時には、まったく違う意味の言葉になってしまったりすることもありました。

同じお店の中で、言語によって、これほどまでに質の差があると、それに気づいた旅行者は、複雑な気持ちになってしまいます。

「英語のお客さんは大切にされているけれど、自分たちの言語は、そうではないのかもしれない」。そう感じさせてしまうことは、お店にとって、本来避けたかったはずの、悲しいすれ違いです。

すべての言語を、完璧に同じ質で整えることは、簡単ではありません。

だからこそ、対応する言語の数を、無理なく丁寧に扱える範囲に絞っておくことが、結果として、すべてのお客さんに対して、誠実な対応につながっていきます。

③スタッフの対応が言語ごとに限界を迎えた

案内表示やメニューを多言語化すると、それを見た旅行者から、その言語での問い合わせが増えていきます。

これは、本来であれば喜ばしいことです。しかし、その問い合わせに応える体制が整っていなければ、話は変わってきます。

ある宿泊施設では、案内表示を5つの言語に対応させたことで、それぞれの言語を使うお客さんからの質問や相談が、次々と寄せられるようになりました。

ところが、実際にスタッフが対応できる言語は、日本語と英語だけでした。他の言語で話しかけられても、スタッフは、ただ困った表情を浮かべることしかできませんでした。

案内表示を見て、「この言語に対応しているお店だ」と期待して話しかけてきたお客さんにとって、実際には言葉が通じないという現実は、大きな落胆につながってしまいます。

むしろ、最初からその言語の案内を用意していなければ、お客さんも、言葉が通じないことをある程度覚悟した上で来店したはずです。

しかし、対応していると見せかけておきながら、実際には対応できていない状態は、期待を裏切る形になってしまいます。

表示する言語の数と、実際にスタッフが対応できる言語の数は、必ずしも一致している必要はありません。

しかし、案内表示だけを増やし、その裏にある対応の体制が追いついていない状態は、かえってお客さんの信頼を損なう結果につながってしまうのです。

正しい絞り方の考え方

ここまで紹介してきた失敗の多くは、対応する言語を、なんとなくの思いつきで決めてしまったことが原因になっています。

だからこそ、対応言語を選ぶ時には、思いつきではなく、根拠のある判断をすることが大切です。

まず取り組みたいのが、実際に自分のお店を訪れているお客さんの国籍を、きちんと把握することです。

レジでのやり取りや、予約サイトの情報、口コミに書かれている言語などから、どの国のお客さんが多いのかを、ある程度つかむことができます。

何となく「英語圏のお客さんが多いだろう」と思い込むのではなく、実際のデータをもとに、優先すべき言語を見極めることが、最初の一歩になります。

次に大切なのが、一つの言語を、まずしっかりと整えることです。多くのお客さんが使っている言語を一つ選び、その言語での案内やメニューを、丁寧に、そして正確に作り上げます。

翻訳の質を確認し、情報を最新の状態に保ち、スタッフもその言語である程度の対応ができるようにしておく。この一つの言語をきちんと形にできて初めて、次の言語に手を広げることを検討します。

複数の言語に同時に手を出すのではなく、一つずつ、着実に積み重ねていく。この順番を守ることで、どの言語のお客さんに対しても、中途半端ではない、誠実な対応を届けられるようになります。

思い切って絞ることが、結果的にお客さんへの誠実さになる

冒頭で紹介した土産物店の店主は、良かれと思って5つの言語に手を広げましたが、その結果、どの言語のお客さんにも、十分な満足を届けられずにいました。

もし、最初から一つか二つの言語に絞り、その分の力を丁寧に注いでいたら、結果はまったく違っていたはずです。

「対応言語が少ない」ということは、決して恥ずかしいことでも、劣っていることでもありません。

むしろ、限られた言語であっても、情報が常に新しく、翻訳が自然で、スタッフもある程度対応できる。そうした状態の方が、旅行者にとっては、はるかに信頼できるお店に映ります。

数を追い求めるのではなく、一つひとつの対応の質にこだわること。これこそが、これからの多言語対応において、本当に大切にすべき考え方です。

手を広げすぎて、すべてが中途半端になってしまうよりも、思い切って言語を絞り、その分を丁寧に育てていく方が、結果として、お客さん一人ひとりに向き合う、誠実な姿勢につながっていきます。

多言語対応で本当に問われているのは、対応している言語の数ではありません。目の前のお客さんに、どれだけ真剣に向き合えているか、その姿勢そのものなのです。

この記事を書いた人

旅行、観光、IT・Webマーケティングの仕事に25年ほど携わってきた40代。現在はインバウンド対応に悩む店舗・宿泊施設の方々に向けて、実際に使えるツールや方法をまとめています。導入コストや使い勝手を含めて丁寧に検証することを心がけています。