岩手県ってどんなところ?基本情報とインバウンドから見た魅力
岩手県と聞いて、何を思い浮かべますか。壮大な三陸の海岸線、静かにたたずむ中尊寺金色堂、そして宮沢賢治が愛した、どこまでも広がる田園風景。
北海道に次いで全国で2番目に広い面積を持つこの県には、豊かな自然と、深く長い歴史が、静かに息づいています。
岩手県は、東北地方の中でも太平洋側に位置し、東は三陸の海に面し、西には奥羽山脈がそびえます。
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この広大な県土の中に、世界遺産の平泉、壮麗なリアス海岸、そして小岩井農場のようなのどかな牧場風景まで、驚くほど多彩な景色がおさまっています。
東北新幹線を使えば、東京から盛岡まで2時間ほどで到着でき、花巻空港からは台湾との定期便も就航しているなど、海外からのアクセスも着実に整いつつあります。
数字を見ると、岩手県のインバウンドは、今まさに大きく伸びている最中です。
2024年、岩手県内の外国人延べ宿泊者数は38万3050人泊となり、過去最多を記録しました。
訪日ブームや円安傾向に加えて、花巻空港の台湾便が再開されたことも、大きな追い風になっています。2025年も、この好調な流れは続いています。
岩手県を訪れる外国人観光客の国籍を見ると、台湾からのお客さまが際立って多いことが、大きな特徴です。
2024年には、岩手県を訪れた外国人観光客のうち、実に59.1%を台湾からのお客さまがしめました。
その次には香港やアメリカ、オーストラリアが続いており、東アジアだけでなく、欧米豪からのお客さまも一定の存在感を持っていることが、岩手県ならではの特色だと言えます。
一方で、東北地方全体を訪れる外国人観光客の割合は、全国のわずか1.4%にとどまっているという課題もあります。
これは裏を返せば、岩手県にはまだまだ知られていない魅力が、たくさん眠っているということです。
世界遺産の平泉が持つ深い精神性、宮沢賢治の物語が生まれた豊かな自然、そして小岩井農場のようなスケールの大きな牧場風景。
こうした岩手県ならではの魅力を、これから世界にどう届けていくかが、大きな鍵になります。
岩手県を代表する自然と景勝地
岩手県には、地底に広がる神秘の洞窟や、断崖絶壁が続く豪快な海岸線、そして文豪たちが愛した街並みまで、心をゆさぶる景色がたくさんあります。まずは前半の7か所を、情熱をこめてご紹介します。
龍泉洞 りゅうせんどう
龍泉洞は、岩泉町にある、日本三大鍾乳洞の1つに数えられる、驚くほど美しい鍾乳洞です。
総延長はおよそ5000メートルにおよぶと言われながらも、今なお調査が続けられているという、底知れぬスケールを持っています。
国の天然記念物にも指定され、洞窟の中には5種類ものコウモリが今も暮らしています。
洞内には8つもの地底湖があり、そのうち3つを見学することができます。
中でも第3地底湖は水深98メートル、非公開の第4地底湖にいたっては水深120メートルという、日本一の深さを誇ります。
吸いこまれるような透明感を持つ、深い青色の水は「ドラゴンブルー」と呼ばれ、その神秘的な輝きに、思わず言葉を失ってしまいます。
LEDの照明によって幻想的に照らされた鍾乳石の造形美と合わせて、地球が長い年月をかけて作り上げた芸術を、まるごと味わえる場所です。

北山崎(海のアルプス) きたやまざき
北山崎は、高さ200メートルの断崖が、8キロメートルにもわたって続く、圧倒的なスケールの景勝地です。
今から1億3000万年前の大規模な火山活動によって作られたこの断崖には、大小さまざまな奇岩や海食洞窟が連なり、その荒々しい迫力から「海のアルプス」とも呼ばれています。
日本交通公社が行う全国観光資源評価において、自然資源・海岸の部で最高ランクの特A級に格付けされていることからも、その価値の高さがうかがえます。
海に突き出た展望台に立つと、目の前に広がるのは、ただただ息をのむしかない大パノラマです。
春の新緑、夏の海霧、秋の紅葉、そして冬の雪景色と、季節ごとにまったく違う顔を見せてくれることも、この景勝地の大きな魅力です。
浄土ヶ浜 じょうどがはま
浄土ヶ浜は、宮古市にある、岩手県を代表する景勝地です。
今からおよそ5200万年前に形成された、流紋岩と呼ばれる白い岩でできた入り江で、鋭くとがった白い岩と、青々とした松の緑、そして澄みきった青い海が織りなすコントラストは、まさに絵画のような美しさです。
およそ300年前、この地を訪れた僧が、その神々しいまでの景色に感動し「さながら極楽浄土のようだ」とたたえたことから、この名前がつけられたと伝えられています。
夏には海水浴場としてもにぎわい、遊覧船やさっぱ船に乗れば、海の上からしか見られない絶景に出会うこともできます。
三陸復興国立公園、そして三陸ジオパークの中心に位置するこの場所は、地球の壮大な営みと、人の心を打つ美しさを、両方いっぺんに感じられる特別な景勝地です。
盛岡市
盛岡市は、岩手県の県庁所在地であり、県の政治や経済、文化の中心となる街です。
北上川、雫石川、中津川という3つの川が流れるこの街には、盛岡城跡をはじめとした歴史的な建物と、レトロな街並みが今も色濃く残っています。
盛岡は、文豪の石川啄木と宮沢賢治が、ともに青春時代を過ごした街としても知られています。
国の重要文化財に指定されている、レンガ造りの旧第九十銀行本店本館を活用した「もりおか啄木・賢治青春館」では、2人が生きた当時の盛岡の姿を、光と音の演出とともに体感できます。
東北新幹線で東京から2時間ほどというアクセスの良さも魅力で、岩手県観光の拠点として、多彩な魅力が集まっている街です。
石川啄木記念館 いしかわたくぼくきねんかん
石川啄木記念館は、盛岡市渋民にある、歌人の石川啄木の生まれ故郷に立つ記念館です。
生誕100年を記念して建てられたこの建物には、全国の啄木ファンや愛好者から寄贈された、貴重な作品や遺品が展示されています。
敷地内には、啄木が代用教員として働いていた時代に暮らした旧斎藤家住宅や、子ども時代を過ごし、教壇にも立った旧渋民尋常小学校も残されています。
石川啄木は、盛岡から見える岩手山の姿を、望郷の想いをこめて短歌に詠んだことでも知られています。
ふるさとの雄大な山にただ静かに向きあう、その飾らない想いが伝わってくる歌は、今も多くの人の心に残り続けています。
啄木という1人の歌人が生きた足跡を、生まれ故郷でじっくりとたどれる、貴重な場所です。
つなぎ温泉(盛岡の奥座敷)
つなぎ温泉は、盛岡市街から西へ車で30分ほどの場所にある、御所湖のほとりに広がる温泉地です。
「盛岡の奥座敷」という愛称で親しまれ、都会からほんの少し足をのばすだけで、豊かな自然に包まれたひとときを過ごせます。
アルカリ性の泉質は、血行や代謝を促し、古い角質を落とす働きが期待できることから、美容効果の高い温泉として、多くの女性観光客からも支持されています。
湖畔に建つ宿からは、四季折々に変化する御所湖の景色を眺めながら、ゆったりと湯につかることができます。
盛岡観光の合間に、心と体をやさしくいやしてくれる、まさに奥座敷と呼ぶにふさわしい温泉地です。
岩手山(南部富士)
岩手山は、盛岡市の北西にそびえる、標高2038メートルの活火山です。
岩手県で最も高いこの山は、東から見ると富士山のように整った円すいの形をしていることから「南部富士」と呼ばれ、西側は山体が崩れて非対称な姿を見せることから「南部片富士」とも呼ばれています。
石川啄木は、盛岡の街から見える、この岩手山の姿を短歌に詠み、ふるさとの山にただ黙って向きあうときの、言葉にならないほどありがたい想いを表現しました。
山頂付近には、標高2000メートル級の山では珍しいコマクサの群生地が広がり、山頂からは岩木山や八甲田山、遠くは鳥海山までを見わたす、360度のパノラマが楽しめます。
有史以来、幾度もの噴火をくり返してきたこの山は、今もなお活動を続ける、生きている山です。盛岡の街のどこからでも見えるその雄大な姿は、まさに岩手県民の心のふるさとと呼ぶにふさわしい存在です。
花巻市
花巻市は、童話作家であり詩人でもある宮沢賢治のふるさとです。
賢治は童話や詩だけでなく、教育者や農業者として、さらには天文学や気象学、宗教、化学、園芸、美術、音楽といった、実に幅広い分野で才能を発揮した人物でした。
花巻の街を歩けば、そんな賢治の活動の足跡を、いたるところでたどることができます。
新花巻駅前の広場には、代表作である「銀河鉄道の夜」をモチーフにしたゲートがあり、そこをくぐると、正面には「セロ弾きのゴーシュ」の像が立っています。
像に近づくと、チェロの音色が聞こえてくるという、心にくい演出も用意されています。
街中のあちこちに、賢治の作品をモチーフにしたオブジェが点在しており、それらを探しながら歩くだけでも、まるで宝探しのような楽しさを味わえます。
宮沢賢治記念館 みやざわけんじきねんかん
宮沢賢治記念館は、宮沢賢治の多彩な活動の世界に、じっくりと親しめる施設です。
賢治が愛用していた品々や、直筆の原稿など、ゆかりの品の数々が展示されています。「銀河鉄道の夜」や「注文の多い料理店」といった、誰もが知る名作を生み出した、その創作の源泉に触れられる場所です。
この記念館では、市内の小中学校や高校を対象に「賢治の世界」をテーマにしたセミナーも開かれており、地域全体で賢治の魅力を次の世代へ伝えていこうという想いが息づいています。
記念館のすぐそばには、賢治の童話をモチーフにしたレストランもあり、花巻ならではの食材を使ったメニューを味わいながら、賢治の世界観にどっぷりと浸ることができます。
花巻温泉郷(日時計花壇) はなまきおんせんきょう
花巻温泉郷は、1923年に開発された、北東北を代表する温泉リゾートです。桜並木や赤松林に囲まれた、格調高く落ちついた雰囲気を持ち、25万坪もの広大な敷地の中には、複数の宿泊施設が点在しています。
この温泉郷が特に大切にしているのが、宮沢賢治とのつながりです。
花巻温泉が新しく開拓された土地だったため、緑化を急いでいた当時の担当者が、花巻農学校で教師をしていた賢治に助けを求めました。
賢治は毎日のように温泉へ通い、熱心に花壇の設計や庭造りの指導をしたと伝えられています。今も残る日時計花壇は、賢治が設計したままの姿を今に伝える、貴重な花壇です。
450種6000株ものバラが咲きほこる園内を歩けば、賢治が思い描いた美しい景色を、そのまま体感することができます。
志戸平温泉 しどだいらおんせん
志戸平温泉は、花巻温泉郷の中でも、豊沢川沿いの渓谷にたたずむ、歴史ある温泉地です。
開湯伝説によれば、平安時代の初め、蝦夷討伐で名高い武将、坂上田村麻呂の一行が発見したと伝えられており、実に1200年以上もの歴史を持っています。
渓流を望む大露天風呂や、多種多彩な湯船を備えた大型旅館と、静かな時間を過ごせる高級和風旅館が、この温泉地に彩りを添えています。
豊沢川のせせらぎを聞きながら、渓谷の緑につつまれて湯につかる時間は、日常のあわただしさをすっかり忘れさせてくれます。長い歴史と、豊かな自然の両方を味わえる、花巻温泉郷を代表する名湯です。
中尊寺(金色堂、奥の細道) ちゅうそんじ
中尊寺は、平安時代の終わりごろ、奥州藤原氏の初代である藤原清衡によって建立された、平泉を代表する寺院です。
中でも国宝に指定されている金色堂は、平泉文化の象徴とも言える建物で、内部にはお堂全体を金色に彩る、息をのむほど豪華絢爛な世界が広がっています。
この金色堂を語るうえで欠かせないのが、江戸時代の俳人、松尾芭蕉との深いつながりです。
奥州藤原氏が滅びてから500年目にあたる1689年、紀行文「奥の細道」の旅の途中でこの地を訪れた芭蕉は、長く降り続いた梅雨が奇跡的に晴れわたる中、今もなお金色に輝き続ける光堂の姿に、深い感慨をいだいたと伝えられています。
その想いは俳句として詠まれ、境内には今も、その句を刻んだ石碑が立っています。
当時すでにかつての栄華は失われ、田野が広がるばかりだったこの地で、芭蕉はさらにもう1句、栄枯盛衰のはかなさを、夏の草におもいを重ねて詠んでいます。
急な坂道である月見坂を登り、かつて芭蕉も歩いたであろう道をたどりながら金色堂にたどり着くという体験そのものが、中尊寺の大きな魅力です。
毛越寺(奥の細道) もうつうじ
毛越寺は、奥州藤原氏の2代目である藤原基衡によって再興された、中尊寺と並ぶ平泉の中心寺院です。平安時代の姿をほぼ完全な形で今に伝える、浄土庭園が広がっていることで知られています。
大泉が池を中心に配置されたこの庭園は、仏教における極楽浄土の世界を、この世に再現しようとした奥州藤原氏の理想が、そのままの形で残された、大変貴重な遺構です。
松尾芭蕉も、奥の細道の旅の途中でこの地を訪れており、かつての建物はすでに失われ、ただ礎石だけが残る当時の光景に、深い感慨をいだいたと伝えられています。
四季を通じて美しい花々が咲きほこるこの庭園を歩けば、奥州藤原氏が夢見た、平和で豊かな理想郷の姿を、静かに感じとることができます。

一関市 いちのせきし
一関市は、岩手県の南の玄関口に位置する街です。世界遺産の平泉にほど近く、栗駒国定公園の豊かな自然にも恵まれた、この地ならではの魅力にあふれています。
市街地の東と西には、それぞれ趣の異なる渓谷が広がっており、豊かなマイナスイオンを感じながら、渓谷めぐりと温泉を、あわせて楽しむことができます。
もち料理の文化が根づいていることも、一関市ならではの特徴です。
冠婚葬祭や季節の行事のたびに、さまざまな味付けのもちを食べる風習が今も残っており、道の駅などでは、8種類ものもち料理を一度に味わうこともできます。
歴史と自然、そして独自の食文化が重なりあう、味わい深い街です。
厳美渓 げんびけい
厳美渓は、栗駒山を源流とする磐井川が、長い年月をかけて作り上げた、岩手県屈指の景勝地です。
複雑に入り組んだ滝や瀬が織りなす景観は、春には桜、秋には紅葉と、四季を通じて美しい表情を見せてくれます。
渓谷沿いには散策路や休憩所が整備されており、じっくりと歩いてめぐることができるのも、厳美渓ならではの魅力です。
名物である「空飛ぶ団子」は、渓谷をまたいで張られたロープを使い、注文を受けた団子屋から、かごに入れられて客のもとへ届けられるという、なんとも楽しい仕掛けです。
渓谷の対岸まで団子が空を飛んでいく光景は、訪れる人の心を、思わずわくわくさせてくれます。
猊鼻渓 げいびけい
猊鼻渓は、砂鉄川が石灰岩の地層をけずり続けたことによって作られた、幻想的な渓谷です。
高さ100メートルを超える断崖絶壁が、約2キロメートルにわたって続くその景色は、まさに深山幽谷と呼ぶにふさわしい迫力を持っています。
この渓谷最大の魅力は、船頭がたった1本の棹だけを使って舟を巧みに操る、優雅な舟下りです。
あたりに響きわたる、船頭が歌う「げいび追分」に耳をかたむけながら、新緑や紅葉に彩られた渓谷を、1時間30分ほどかけてゆったりとめぐります。
舟下りの折り返し地点では、対岸の岩にあいた穴をめがけて運玉を投げる、願掛けの体験もでき、旅の思い出をより特別なものにしてくれます。
冬には、こたつ付きの屋形舟も運航され、1年を通じて違った魅力を楽しめる渓谷です。
遠野市(遠野物語)
遠野市は、岩手県の内陸部にある、昔ながらの伝承や物語が今も息づく街です。
1910年、民俗学者の柳田国男が、遠野出身の佐々木喜善から聞いた話をもとに「遠野物語」という本を書きあげました。
この本には、山の神や河童、座敷童子、オシラサマといった、遠野に古くから伝わる119もの不思議な話がまとめられています。
遠野の人々にとって、河童や座敷童子は、単なる怖い妖怪ではありません。座敷童子は、住む家に幸せをもたらしてくれる神様として、今も大切にされています。
柳田国男が世に送り出したこれらの物語は、100年以上たった今も、国内外で読みつがれ、漫画などの新しい形でも親しまれ続けています。
遠野の町を歩けば、こうした昔話の世界が、決して過去のものではなく、今もこの土地に生き続けていることを、肌で感じることができます。
国立公園の三陸復興 さんりくふっこう
三陸復興国立公園は、岩手県の沿岸部を中心に広がる、日本を代表する海岸国立公園です。
北山崎の断崖絶壁や、浄土ヶ浜の白い岩と青い海、そして碁石海岸のリアス式海岸など、岩手県が誇る絶景の数々が、この国立公園に含まれています。
沖合は、世界三大漁場の1つに数えられるほど、豊かな漁場に恵まれた海域です。
良質な海藻が育つ磯には、ウニやアワビといった高級食材が豊富に育ち、この海の恵みを、代々受けついできた漁師たちの暮らしを支えてきました。
2011年の東日本大震災からの復興を願って名づけられたこの国立公園は、雄大な自然の美しさと、それでもなお前を向いて歩み続ける人々の強さを、同時に感じられる場所です。
小袖海岸 こそでかいがん
小袖海岸は、久慈市にある、断崖と赤銅色の岩礁が続く、美しい海岸線です。NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台になったことで、全国的にその名が知られるようになりました。
海岸沿いを走る道は「あまちゃん街道」という愛称でも親しまれています。
この海岸の主役は「北限の海女」と呼ばれる、伝統の素潜り漁を行う海女たちです。彼女たちの存在は、昭和30年代のラジオドラマをきっかけに広く知られるようになりました。
夏の期間には、海女たちが実際に海に潜り、ウニやアワビを採る様子を間近で見学することができます。
何の道具にも頼らず、体1つで海に飛びこみ、命がけで海の恵みを採ってくる、その堂々とした姿には、思わず胸を打たれます。
天井から釣り鐘のような岩が下がる「つりがね洞」など、道中に広がる奇岩の数々も、この海岸ならではの見どころです。
世界遺産の平泉-仏国土 ひらいずみ ぶっこくど
平泉は、11世紀から12世紀にかけて、京都と肩を並べるほどの繁栄を誇った、政治と行政の一大拠点でした。
奥州藤原氏の3代にわたる当主たちは、仏教における理想の世界、つまり仏国土を、この地上に実際に作り上げようとしたのです。
2011年に東日本大震災が起きたその翌年、2013年6月に世界文化遺産として登録されました。
中尊寺、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山という5つの構成資産は、それぞれ独立した史跡でありながら、聖なる山である金鶏山を基準として、互いに深く結びつくよう配置されています。
庭園、水、そして周囲の景観を巧みに組みあわせながら、極楽浄土という理想の世界を、この世に表現しようとした奥州藤原氏の壮大な構想は、日本の他の地域の庭園や寺院の設計にも、大きな影響を与えました。
今も金箔をまとった金色堂は、12世紀からその姿を残す唯一の建物であり、当時の奥州藤原氏が持っていた、とてつもない富の大きさを物語っています。
観自在王院跡 かんじざいおういんあと
観自在王院跡は、毛越寺のすぐ東隣にある史跡です。奥州藤原氏2代目の基衡の妻によって建立されたと伝えられ、敷地内には大小2つの阿弥陀堂が建っていました。
その内壁には、当時の都であった京都の名所の数々が描かれていたと言われています。
都に憧れながらも、なかなか訪れることのできなかった平泉の人々にとって、この建物は、京都の景色を身近に感じられる、大切な場所だったのかもしれません。
毎年5月には「なき祭り」という珍しい祭りが行われ、基衡の妻の死を悲しむ人々の想いが、今も受けつがれています。
発掘調査と復元整備によってよみがえったこの場所は、今では美しい史跡公園として、多くの人に親しまれています。
無量光院跡 むりょうこういんあと
無量光院跡は、奥州藤原氏3代目の秀衡によって造営された、寺院の跡地です。境内の中心には池が広がり、その中の島には、本堂である阿弥陀堂が建っていました。
この阿弥陀堂は、柱と柱の間の距離や、左右に伸びる翼廊の長さが、京都の平等院鳳凰堂を上回るほどの規模を誇っていたと伝えられています。
阿弥陀堂の真西には、金鶏山がそびえています。春分と秋分の夕暮れどきには、金鶏山の山頂に夕日が沈んでいく光景を、この場所から眺めることができました。
当時の人々は、その光景を見ながら、西の彼方にあるとされた極楽浄土に、静かに想いをはせていたのでしょう。
奥州藤原氏が滅びたあと、建物は失われてしまいましたが、今も池の跡と中島、礎石が、往時の姿を静かに物語っています。
金鶏山 きんけいさん
金鶏山は、中尊寺と毛越寺のちょうど中間に位置する、標高98.6メートルの山です。
奥州藤原氏によって山頂に経塚が営まれた、平泉の町づくりの基準となった、信仰の山でもあります。
毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡という3つの浄土庭園は、いずれもこの金鶏山を基準にして作られており、奥州藤原氏が思い描いた仏国土の世界を、今に伝える大切な存在です。
この山には、雌雄1対の金の鶏を山頂に埋めたという伝説をはじめ、数々の逸話が残されています。
江戸時代に平泉を訪れた松尾芭蕉も、この山を見て、かつての栄華がすでに田畑へと姿を変えてしまった中で、金鶏山だけがその形を残しているという感慨を、紀行文の中に書き記しました。
登山口から10分ほど坂道を登れば、木立に囲まれた山頂にたどり着くことができ、無量光院跡から金鶏山を見上げれば、浄土庭園の一部としてこの山が組みこまれていたことを、実感として感じとることができます。
橋野鉄鉱山 はしのてっこうざん
橋野鉄鉱山は、釜石市の山中にある、日本の近代製鉄の出発点となった史跡です。
幕末の1858年、盛岡藩士であった大島高任は、外国船に対抗できる大砲を作るため、オランダの書物を参考にしながら、この地に洋式高炉を築きました。
外国人技術者の力を借りることなく、日本人の手だけで西洋の技術を実現させたという点で、この高炉は特別な意味を持っています。
それまでの日本の製鉄は、炉をそのつど壊して鉄を取り出す、たたら製鉄と呼ばれる方法が主流でした。
橋野の高炉は、炉を壊さずに鉄を連続して取り出せる、まったく新しい製鉄法への転換を成しとげた、画期的な存在だったのです。
現存する高炉跡としては国内最古のものであり、1957年には国の史跡に、そして2015年には「明治日本の産業革命遺産」の一部として、世界文化遺産に登録されました。
鉄鉱石の採掘場から運搬路、高炉、送風の仕組みまで、製鉄のすべての工程を、今もこの地でたどることができます。
高炉跡 こうろあと
高炉跡は、橋野鉄鉱山の中心となる遺構です。1辺およそ5メートル、高さおよそ2.5メートルの、四角い形をした石組みが、周辺の山から切り出された花崗岩を積み重ねて作られています。
高炉を動かすために欠かせない木炭は、周囲の森林から作られ、送風の動力には水車の力が使われるなど、この土地にある自然の恵みを、余すことなく生かして製鉄が行われていたことがわかります。
鉄鉱石の採掘場跡や、採れた鉄鉱石を牛や人の力で運んだ運搬路跡、当時の事務所であった御日払所や、山の神を祀る神社の跡まで、製鉄という一大産業を支えたシステムそのものが、当時のままの姿で残されています。
1984年には、アメリカ金属学会から歴史遺産賞が贈られるなど、世界的にもその価値が高く評価されている遺跡です。
御所野遺跡 ごしょのいせき
御所野遺跡は、一戸町にある、縄文時代の集落跡です。今からおよそ5000年前から4200年前にかけて、実に800年もの長い期間、人々がこの地に定住して暮らしていました。
馬淵川のほとりに広がるこの遺跡からは、竪穴建物や、祈りの場である配石遺構などが見つかっています。
この遺跡が特に注目されているのは、全国で初めて、竪穴建物の屋根が土でおおわれていたことを、科学的に証明した場所だからです。
1989年に発見されて以来、調査が続けられ、75000平方メートルという広い敷地には、実に1000棟を超える住居の跡が眠っていることがわかっています。
2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の1つとして、世界文化遺産に登録されました。
公園内では、土屋根の竪穴建物が復元された、縄文時代さながらの集落の景色を眺めることができ、隣接する博物館では、勾玉づくりなどの縄文体験も楽しめます。
狩猟や採集、漁労だけで、これほど長く安定した定住生活を送っていたという事実は、世界的に見てもたいへん珍しく、縄文時代の人々の知恵の深さを、私たちに教えてくれます。
岩手県ならではの祭りと伝統行事
岩手県には、馬を家族のように愛してきた人々の想いが息づく祭りや、心も体もあたたまる郷土料理、そして雄大な自然が育んだ景勝地まで、豊かな魅力があふれています。
祭りのチャグチャグ馬コ
チャグチャグ馬コは、毎年6月の第2土曜日に、滝沢市と盛岡市で行われる、馬をたたえるお祭りです。
滝沢市の鬼越蒼前神社から、盛岡市の盛岡八幡宮まで、14キロメートルにおよぶ道のりを、色とりどりの装束を身にまとった、およそ100頭もの馬たちが行進します。
岩手県は、古くから名馬の産地として知られ、馬は農作業に欠かせない、家族同然の存在として大切にされてきました。
この祭りは、馬の日ごろの働きに感謝し、無病息災を祈願する「お蒼前参り」という風習が起源だと伝えられています。
馬に付けられた装束は、江戸時代の大名行列で使われた「小荷駄装束」の名残であり、1頭あたり700個とも言われる鈴の音が、歩みにあわせて「チャグチャグ」と美しく響きわたります。
この鈴の音色は、環境省の「残したい日本の音風景100選」にも選ばれました。人と馬が長い年月をかけて築いてきた、深い絆を感じられる、他に類を見ない祭りです。
郷土料理のわんこそば
わんこそばは、岩手県花巻市や盛岡市に伝わる、小さなお椀に一口分のそばを次々と入れてもらう、独特な食べ方をするそばです。
その起源は、江戸時代初期にさかのぼると言われています。
南部家の第27代当主である南部利直が、江戸へ向かう途中、花巻城に宿をとった際、地元の名産であるそばを、上品な塗りのお椀に一口分だけ盛って差し出したところ、たいへん気に入り、何杯もおかわりを重ねたという逸話が、その始まりだと伝えられています。
「わんこ」とは、木でできたお椀を指す、この地方の方言です。
給仕をする人が「はい、じゃんじゃん」といった威勢のいいかけ声とともに、お椀にそばを入れ続けるという、にぎやかで楽しい食べ方が特徴です。
今では、岩手県を訪れる観光客のおよそ3割以上が、体験を目的に挙げるほどの人気ぶりで、家族や仲間と食べっぷりを競いあいながら楽しめる、コミュニケーションの文化としても、大切に受けつがれています。

郷土料理の南部せんべい
南部せんべいは、小麦粉と水、塩を混ぜてこね、鉄製の型で焼き上げる、丸くて平たいせんべいです。
その名前は、江戸時代にこの地域一帯を治めていた南部藩に由来しており、岩手県北部から青森県南部にかけて、広く親しまれています。
その由来には諸説ありますが、南北朝時代、この地を訪れた長慶天皇に、家臣がそば粉を練って焼き、ごまをふって差し出したという話が、代表的な言い伝えとして残っています。
江戸時代には、農作業や旅の合間に食べる、保存性の高い携行食として重宝されました。砂糖が貴重だった時代、素朴な味わいながらも腹持ちの良いこのせんべいは、人々の暮らしを支える、大切な食べ物だったのです。
噛めば噛むほど、香ばしい風味と旨味が広がる、この土地に根づいた味わいを、ぜひ楽しんでみてください。
八幡平
八幡平は、岩手県と秋田県の県境にそびえる、標高1614メートルの山と、その周囲に広がる高原台地です。
今からおよそ100万年前の火山活動によって作り出された、なだらかな地形が特徴で、山頂付近には、八幡沼やガマ沼といった、火口に水がたまってできた美しい沼が点在しています。
八幡平を横断する全長およそ27キロメートルの道路は、冬の間の通行止めが明ける4月下旬になると、両側に数メートルもの雪の壁がそびえる「雪の回廊」として、多くの観光客を魅了します。
日本百名山の中でも、比較的短い時間で山頂に立てる山として知られ、雪解け水がたまってできる「ドラゴンアイ」と呼ばれる神秘的な景観も、近年大きな話題を集めています。
雪深い早春から、色鮮やかな紅葉の秋まで、四季を通じてまったく違う魅力を見せてくれる、まさに雲上の楽園です。
小岩井農場
小岩井農場は、1891年に開設された、日本最大級の民間総合農場です。
日本の鉄道の発展に力をつくした井上勝が、鉄道の建設によって美しい田園風景が失われてきたことへの想いから、小野義真、岩崎弥之助という2人の協力者とともに立ち上げました。
3人の名字の頭文字をとって「小岩井」と名づけられています。
総面積はおよそ3000ヘクタールという、圧倒的な広さを誇り、その中央部にある「まきば園」が、一般に開放されています。
雄大な岩手山を背景に、広々とした緑の大地が広がるこの場所では、乗馬体験や、羊が放牧地をのどかに歩く様子を眺めながらのトロ馬車、バターづくり体験など、農場ならではの楽しみが充実しています。
国の重要文化財に指定された、歴史ある牛舎やサイロも今なお現役で使われており、130年以上にわたって守られてきた、この地の豊かな酪農文化を、肌で感じることができます。
碁石海岸
碁石海岸は、大船渡市にある、末崎半島の南端に広がる、およそ6キロメートルの海岸線です。国の名勝及び天然記念物、そして三陸復興国立公園にも指定されている、リアス式海岸を代表する景勝地です。
この海岸の名前の由来は、浜に敷きつめられた黒色の石にあります。黒色泥岩と呼ばれるこの石が、かつて碁石の原料として使われていたことから「碁石海岸」と名づけられました。
切り立った崖と、複雑に入り組んだ入り江が織りなす景観は、地殻変動の長い歴史を、今に伝えています。
波の力によって作り出された洞窟や、奇岩の数々も点在しており、リアス式海岸ならではの、変化に富んだ自然の造形美を、存分に味わうことができます。
岩手県を訪れる外国人観光客の国籍・傾向
岩手県を訪れる外国人観光客の数字を見ると、着実な伸びが続いています。2024年、岩手県内の外国人延べ宿泊者数は38万3050人泊となり、過去最多を記録しました。
訪日ブームや円安傾向に加えて、花巻空港の台湾便が再開されたことが、大きな追い風になっています。2025年に入っても、この好調な流れは続いています。
国や地域別に見ると、台湾からのお客さまが際立って多いことが、岩手県の大きな特徴です。
2024年には、岩手県を訪れた外国人観光客のうち、実に59.1%を台湾からのお客さまがしめました。
花巻空港と台湾を結ぶ飛行機の存在は、岩手県のインバウンドにとって、欠かせない生命線になっています。
台湾に次いで、香港、アメリカ、オーストラリアからのお客さまも一定の存在感を持っており、東アジアだけでなく、欧米豪からのお客さまが多いことも、岩手県ならではの特色だと言えます。
消費額の面でも、興味深い特徴があります。岩手県における1人1泊あたりの旅行消費単価は、全国的に見ても上位に入る水準です。
これは、じっくりと時間をかけて岩手県を旅する観光客が多いことを示していると考えられます。
世界遺産の平泉や、雄大な三陸海岸、そして小岩井農場のような自然豊かな観光地は、短時間で駆け足にめぐるよりも、時間をかけてゆっくりと味わいたくなる魅力にあふれているからかもしれません。
一方で、東北地方全体を訪れる外国人観光客の割合は、全国のわずか1.4%にとどまっているという課題も残っています。
これは裏を返せば、岩手県にはまだまだ知られていない魅力が、たくさん眠っているということです。県や関係機関は、海外の旅行会社を招くなど、さらなる誘客拡大に力を入れています。
世界遺産の平泉が持つ深い精神性、遠野物語が語り継ぐ幻想的な世界、そして三陸の海が育む豊かな食文化。
こうした岩手県ならではの魅力を、これからどう世界に届けていくかが、大きな鍵になります。
事業者が知っておきたい岩手県特有の受け入れポイント
ここまで見てきた岩手県の観光地や、観光客の傾向をふまえて、実際にどんな受け入れの工夫ができるのか、具体的にお伝えします。
まず大きな特徴として意識したいのが、台湾からのお客さまが、岩手県のインバウンドにとって特に大切な存在だということです。
花巻空港と台湾を結ぶ飛行機の存在は、これからも岩手県への観光客を支える大きな力になります。
繁体字のメニューや案内表示を用意すること、簡単な中国語のあいさつを覚えておくことは、それだけでお客さまに大きな安心感を与えることができます。
次に意識したいのが、岩手県では、香港やアメリカ、オーストラリアといった欧米豪からのお客さまの割合も、一定の存在感を持っているという特徴です。
こうしたお客さまは、世界遺産の平泉が持つ深い精神性や、遠野物語が語り継ぐ幻想的な世界といった、他の地域では味わえない文化に強い関心を持っています。
英語での丁寧な説明はもちろんのこと、その土地の歴史や伝承がどのように育まれてきたのかという、背景にある物語を伝える工夫が、欧米豪のお客さまの心を動かす大きな鍵になります。
もう1つ、岩手県ならではの強みが、1人1泊あたりの旅行消費単価が全国的に見ても高い水準にあるということです。
これは、時間をかけてじっくりと旅を楽しむお客さまが多いことを示しています。
中尊寺や毛越寺をめぐったあとに厳美渓や猊鼻渓で自然を味わう、平泉から少し足をのばして小岩井農場でのんびり過ごすといった、滞在時間を延ばすモデルコースを提案することで、この強みをさらに生かすことができます。
そして、龍泉洞、北山崎、浄土ヶ浜、碁石海岸といった三陸海岸の絶景と、平泉の世界遺産、遠野の民話の世界という、岩手県内でもエリアごとに違う魅力をどうつなぐかも、大切な視点です。
それぞれの観光地の背景にある歴史や物語を、丁寧に伝える工夫が、旅の満足度を大きく高めてくれます。
最後に、わんこそばや南部せんべいといった、岩手県ならではの食文化を、しっかりと伝える工夫も欠かせません。
わんこそばが、殿様をもてなした逸話から生まれたという歴史を添えて紹介するだけで、料理そのものが、忘れられない旅の思い出に変わります。
岩手県の観光地で使える補助金・支援制度
インバウンド対応を進めるには、費用がかかります。ここでは、岩手県の事業者が活用できる、代表的な補助金や支援制度をご紹介します。
補助金の内容や金額は毎年見直されるため、実際に申請する際は、必ず最新の情報を公式の窓口で確認してください。
インバウンドプロモーション支援事業補助金
これは、岩手県が用意している補助金です。県内の観光事業者や交通事業者、宿泊事業者などが、海外に向けて岩手県の観光資源や、多様な魅力をプロモーションする活動にかかる経費の一部を補助してくれます。
海外の博覧会や商談会への出店、海外の企業や団体への訪問など、幅広い取り組みが対象になります。
この補助金を利用するには、いわて観光キャンペーン推進協議会のインバウンド推進部会に所属している必要があります。
まだ入会していない事業者は、県の観光プロモーション室に問い合わせてみるとよいでしょう(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。
インバウンド県内周遊支援事業
これも、岩手県が独自に用意している支援事業です。外国人観光客に、岩手県内をより広く周遊してもらうことを目的とした取り組みで、旅行者の県内での滞在をあと押しする経費を支援してくれます。
三陸海岸から内陸の平泉、盛岡まで、広大な県土を持つ岩手県ならではの、周遊促進に力を入れた制度だと言えます(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。
各市町村の独自の補助金
岩手県内の各市町村でも、独自の補助金が用意されています。
例えば、市内の中小企業団体が行う、外国人観光客の受け入れや情報発信、新商品開発、人材育成といった取り組みに対して補助金を交付する制度や、宿泊事業者が滞在型観光を推進するための体験プログラム作りを支援する制度などがあります。
盛岡市では、国際会議などのMICE誘致を推進するための助成金も用意されており、市内の施設を会場に開催されるイベントの主催者が対象になります。
自分の事業を営んでいる市町村の商工課や観光課に、どのような補助金があるか、問い合わせてみることをおすすめします(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。
訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業費補助金
これは、観光庁が用意している全国向けの補助金です。
宿泊施設向けのインバウンド対応支援事業では、Wi-Fiの整備や多言語対応のフロント設備、キャッシュレス決済端末の導入などが対象となります。
全国の事業者が申請できる制度のため、まずはこの補助金から検討してみるのがおすすめです(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。
相談窓口の活用も大切です
補助金は種類が多く、条件も複雑です。どの補助金が自分の事業に合っているのか、判断に迷うことも多いはずです。
そんなときは、商工会や商工会議所、そして中小企業庁が認定する「よろず支援拠点」といった、無料で相談できる窓口を頼るのがおすすめです。
岩手県には、世界遺産の平泉や、雄大な三陸海岸、そして遠野物語が語り継ぐ幻想的な世界まで、他の地域にはない独自の魅力があります。
こうした補助金や支援制度を上手に活用しながら、それぞれの事業者が、外国人観光客を迎える準備を、着実に整えていくことが、これからの岩手県の観光をさらに大きく育てていく力になります。
岩手県の魅力を世界へ届けるために事業者ができること
岩手県には、世界遺産の平泉が持つ深い精神性、龍泉洞や北山崎、浄土ヶ浜といった三陸海岸の絶景、そして遠野物語が語り継ぐ幻想的な世界まで、他の都道府県にはない、豊かな自然と文化が集まっています。
宮沢賢治や石川啄木といった文豪ゆかりの地、チャグチャグ馬コやわんこそばといった独自の文化も、岩手県の大きな魅力です。
数字が示す通り、岩手県の外国人延べ宿泊者数は過去最多を更新し続けており、台湾を中心としたアジアからのお客さまに加えて、香港やアメリカ、オーストラリアといった欧米豪からのお客さまも着実な存在感を持っています。
1人1泊あたりの旅行消費単価が全国的に見ても高い水準にあることは、岩手県にとって大きな強みです。
事業者にとって大切なのは、台湾のお客さまに向けた多言語対応、欧米豪のお客さまに向けた丁寧な物語の伝え方、そして滞在時間を延ばすモデルコースの提案です。
岩手県のインバウンドプロモーション支援事業補助金や、各市町村の独自の補助金をうまく活用すれば、費用の負担を抑えながら、その準備を進めることができます。
岩手県が持つ壮大な自然と、深い歴史、そして脈々と受けつがれてきた文化に、事業者1人ひとりの丁寧な受け入れの工夫が積み重なったとき、岩手県はさらに多くの外国人観光客に選ばれる場所になっていくはずです。
岩手県のオススメの食べ物
まず絶対に外せないのが、わんこそばです。
小さなお椀に一口分のそばを、次々とおかわりしていくあの独特の食べ方は、食べるというより、もはや体験そのもの。
花巻城で殿様をもてなしたという逸話を思い浮かべながら味わうと、ひと口ひと口が、より特別なものに感じられます。
給仕さんの威勢のいいかけ声を受けながら食べ進めるうちに、いつの間にか何十杯も食べてしまう、あの高揚感はぜひ現地で味わってほしいです。
麺類といえば、盛岡冷麺と盛岡じゃじゃ麺も、岩手県が誇るソウルフードです。
冷麺は、コシの強いもちもちの麺と、キムチの辛さがきいたスープの組みあわせが絶妙で、真夏でもするすると食べられる爽快さがあります。
じゃじゃ麺は、平打ちの麺に肉みそをたっぷりからめて食べる、盛岡発祥の一品。食べ終わったあと、皿に卵を割り入れてもらう「チータンタン」まで含めて、完全に1つの料理体験だと言えます。
海の幸なら、三陸の恵みは本当に格別です。小袖海岸で北限の海女さんたちが命がけで採るウニやアワビは、濃厚な旨味がぎゅっと詰まっていて、一度食べたら忘れられません。
体を芯からあたためたいときは、南部せんべいが心強い味方です。噛めば噛むほど広がる香ばしさは、旅の合間のひと休みにぴったり。
そして忘れてはいけないのが、一関のもち料理です。冠婚葬祭のたびにさまざまな味付けのもちを食べる文化が根づいていて、道の駅などでは何種類も食べ比べられます。
岩手県は、麺もそばも海の幸ももち料理も、すべてが力強く、心にじんとくる味ばかりです。


