青森県[陸奥・むつ]の延べ宿泊者数は512万5880人泊となり、2007年に調査が始まって以来、過去最多を記録しました

青森県ってどんなところ?基本情報とインバウンドから見た魅力

青森県と聞いて、何を思い浮かべますか。真っ白な雪景色、真っ赤なりんご、そして力強いねぶたの祭り。

本州のいちばん北にあるこの県には、日本の四季と伝統が、ぎゅっと凝縮されています。

青森県は、本州の最北端に位置し、津軽半島と下北半島という、2つの半島に囲まれています。

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西には日本海、東には太平洋、そして北には津軽海峡と、3つの海に面しているという、とても珍しい地形を持つ県です。

この恵まれた自然の中で、りんごをはじめとした農業や、豊かな海の幸を生かした漁業が、昔からさかんに行われてきました。

数字を見ると、青森県の勢いは今、はっきりと形になっています。2025年、青森県の延べ宿泊者数は512万5880人泊となり、2007年に調査が始まって以来、過去最多を記録しました。

全体の伸び率は前の年より13.6%増え、なんと全国で1位という結果です。その中でも、外国人延べ宿泊者数は52万2180人泊にのぼり、前の年から26.4%も増加しました。

これも過去最多で、初めて50万人を突破しています。もともと県が2028年の目標として掲げていた数字を、3年も前倒しで達成したことになります。

円安が追い風となったことに加えて、これまで課題とされてきた冬の時期にも、宿泊者数がしっかりと伸びたことが、この記録につながりました。

青森県を訪れる外国人観光客を国籍別に見ると、台湾や香港、中国、韓国といった、アジアの国と地域からのお客さまが多いことが特徴です。

中でも台湾は、青森と台北を結ぶ飛行機の新規就航や増便の効果もあり、大きな存在感を持っています。

私は、青森県がこれから持つ可能性に、心からわくわくしています。

世界自然遺産の白神山地や、迫力あるねぶた祭りといった、他の県にはない独自の魅力を持ちながら、まだまだ伸びしろがたくさん残っている場所だからです。

あとは、その魅力を、訪れる1人ひとりのお客さまに、どう届けていくかという工夫が、これからの青森県の鍵になります。

青森県を代表する自然と景勝地

青森県には、本州の最果てだからこそ味わえる、雄大で神秘的な景色がたくさんあります。まずは、下北半島エリアの見どころから、情熱をこめてご紹介します。

下北半島

下北半島は、青森県の北東部に位置する、本州最北の半島です。

その形がまさかりに似ていることから「まさかり半島」とも呼ばれ、津軽海峡、太平洋、陸奥湾、平舘海峡という4つの海に囲まれています。

半島全体が下北半島国定公園に指定されており、その懐の深さには、心を打たれずにはいられません。

厳しい自然が育んだこの土地には、日本三大霊場の1つに数えられる恐山、白い奇岩が連なる仏ヶ浦、そして本州最北端の大間崎など、他では決して出会えない景色が、次から次へと現れます。

青々としげる森と、表情を変え続ける海、そのすべてを味わいながら車を走らせる旅は、まさに極上のドライブコースと呼ぶにふさわしい体験です。

大間崎

大間崎は、本州で最も北にある地です。碑の立つこの場所からは、わずか17.5キロメートル先に北海道を望むことができ、本州の旅がここで終わり、新しい大地が始まるのだという、胸の高鳴りを感じずにはいられません。

大間といえば、豪快なマグロの一本釣りでも世界的に有名です。

荒々しい津軽海峡と真正面から向きあいながら、命がけで挑む漁師たちの姿は、この土地の厳しさと誇りを物語っています。

黒いダイヤとも呼ばれる大間産のクロマグロは、日本国内でも最高級とされ、その豊かな味わいは、この海が育んだ最大の宝物だと言えます。

恐山

恐山は、日本三大霊場の1つに数えられる、下北半島の霊場です。唐に渡った天台宗の僧、慈覚大師円仁が、夢のお告げに従って探し歩き、たどり着いたと伝えられています。

三途の川にかけられた太鼓橋を渡ると、その先には、極楽浄土を思わせる美しい極楽浜と、硫黄の匂いが立ちこめる荒々しい地獄谷が、同じ境内の中に広がっているのです。

この世とあの世が、すぐ隣りあわせにあるかのような不思議な感覚は、他のどんな場所でも味わうことができません。

訪れる人の心の奥底にある、大切な人への想いを、静かに受けとめてくれる、そんな懐の深さを持った霊山です。

イタコの口寄せ

イタコの口寄せは、恐山を語るうえで欠かせない、独特の信仰文化です。

イタコと呼ばれる盲目の巫女が、亡くなった人の言葉を、まるでその人が乗り移ったかのように語る、日本でも数少ない伝統的な儀式です。

この不思議な儀式に出会えるのは、夏に行われる恐山大祭と、秋に行われる恐山秋詣りの期間だけです。

大切な人を亡くした人たちが、その言葉にじっと耳をかたむける姿は、深い悲しみと、それでもなお続いていく強い絆を、まざまざと感じさせてくれます。日本人の死生観そのものにふれられる、貴重な体験だと言えます。

薬研温泉

薬研温泉は、恐山を開いた慈覚大師にまつわる、心あたたまる伝説が残る温泉です。

慈覚大師がこの地で崖から足を踏み外し、大けがをしたとき、河童があらわれ、大師を背負って運び去ったと伝えられています。

目を覚ました大師は、露天風呂の中で傷がすっかりいえていることに気づき、この湯を「かっぱの湯」と名づけました。

開湯からおよそ400年という長い歴史を持つこの温泉は、薬研渓流のせせらぎを聞きながら、原生林に包まれて湯につかれる、心を解き放ってくれる場所です。

秋には、渓谷全体が燃えるような紅葉に包まれ、その美しさに、思わず息をのんでしまいます。

仏が浦

仏が浦は、下北半島の西の海岸に、2キロメートル以上にわたって続く、白緑色の奇岩が織りなす絶景です。

約1500万年前、海底火山から噴き出した火山灰が押し固められ、それが長い年月をかけて、波と風にけずられていくことで、この驚くべき景観が作り出されました。

そびえ立つ岩の1つ1つには「如来の首」や「五百羅漢」「極楽浜」といった、仏の名前にちなんだ呼び名がつけられています。

青い空とエメラルドグリーンの海、そして深い森の緑と白い岩とのコントラストは、まさにこの世のものとは思えない神々しさです。船に乗って海から近づくたび、目の前に広がるスケールの大きさに、胸が震えます。

大町桂月の歌碑

大町桂月の歌碑は、この仏が浦の美しさを、初めて広く世の中に伝えた文人をたたえる石碑です。

高知県出身の詩人であり紀行家でもあった大町桂月は、1922年に下北半島を旅した際、仏が浦のあまりの神々しさに深く心を打たれ、この景色をたたえる歌を詠みました。

神様や鬼が作り上げたとしか思えないほどの、人間の世界を超えた見事な造形だという想いが、その歌にはこめられています。

この歌が刻まれた碑は、今も仏が浦の岸に静かにたたずんでいます。大町桂月はこのほかにも、十和田湖や奥入瀬渓流の魅力を、いち早く世に紹介した人物でもあります。

青森県の名だたる景勝地の多くは、この1人の文人のまなざしによって、私たちのもとに届けられたと言っても、決して言いすぎではありません。

津軽半島

津軽半島は、青森県の西側に位置する、下北半島と対をなすもう1つの半島です。

半島の北端には竜飛崎がそびえ、南には世界遺産の白神山地や、津軽富士と呼ばれる岩木山が広がっています。

津軽海峡冬景色でも歌われた、この土地ならではの情緒は、多くの旅人の心をとらえてきました。

半島の各地には、太宰治にゆかりのある建物や、津軽三味線の音色が響く町並みなど、津軽人の粘り強さと、あたたかな人情味を感じられる場所が数多くあります。

厳しい冬と、短くも鮮やかな夏が織りなす自然の中で、独自の文化を育んできたこの半島は、青森県の奥深さを、まるごと味わえる場所です。

龍飛崎

龍飛崎は、津軽半島の最北端に位置する岬です。津軽海峡をはさんで、北海道の白神岬とはわずか20キロメートルという近さで向きあっています。

「龍が飛ぶ」ほど強い風が吹くことから、この名前がついたとも伝えられ、その名にふさわしい迫力ある風景が広がっています。

かつてこの地を訪れた文豪、太宰治は、この岬を「本州の袋小路」と評しました。周辺には、太宰治の文学碑や、幕末の思想家である吉田松陰の碑など、数々の石碑が立ち並びます。

車の通れない、日本で唯一の「階段国道」を歩けば、この地に生きてきた人々の暮らしの記憶を、足の裏からじかに感じることができます。

かつて青函トンネルの建設拠点だったこの場所には、今も当時の歴史を伝える記念館が残り、北と南をつなぐ壮大な物語を、静かに語りかけてきます。

太宰治記念館(斜陽館)

太宰治記念館、通称斜陽館は、日本を代表する文豪、太宰治が生まれ育った生家です。

太宰治の父である津島源右衛門が、1907年に建てたこの豪邸は、約2200平方メートルという広大な敷地を持ち、米蔵にいたるまで、青森県産のヒバの木がふんだんに使われています。

館内には、太宰治が生前身につけていたマントや、直筆の原稿、貴重な書簡などが展示されており、全国から多くのファンが訪れます。

東北地方を代表する豪商の館としての風格を今に伝えるこの建物は、2004年には国の重要文化財にも指定されました。「斜陽」や「走れメロス」といった名作を生んだ文豪の原点に、直接ふれられる、特別な場所です。

青森市

青森市は、青森県の県庁所在地であり、県の政治や経済、交通の中心となる都市です。陸奥湾に面したこの街は、夏には勇壮な青森ねぶた祭でにぎわい、四季を通じて多くの観光客を迎え入れています。

新青森駅からは、東北新幹線を使えば東京から約3時間という近さでたどり着ける、アクセスの良さも魅力です。

世界文化遺産に登録された三内丸山遺跡や、ゆったりと羽を伸ばせる浅虫温泉など、青森県観光の拠点として、多彩な魅力が集まっています。

浅虫温泉

浅虫温泉は、青森市の東の端、夏泊半島の付け根にある温泉地です。開湯から1200年以上という、とても長い歴史を持ち「東北の熱海」や「青森の奥座敷」とも呼ばれています。

1876年には、明治天皇が北海道へ向かう途中、この地に立ち寄ったという記録も残されています。

浅虫温泉駅を境に、街の表情ががらりと変わることも、この温泉地ならではの魅力です。

駅の東側には、細い路地に旅館や食堂が立ち並ぶ、懐かしい温泉街の情緒が広がり、西側には、陸奥湾を望む美しいビーチリゾートが広がっています。

無色透明で、しっとりと肌になじむ泉質は「美肌の湯」としても親しまれ、レトロな温泉旅情と、開放的な海の景色を、両方いっぺんに味わえる、贅沢な場所です。

三内丸山遺跡

三内丸山遺跡は、今からおよそ5900年前から4200年前まで、縄文時代の人々が暮らしていた、日本最大級の集落跡です。

江戸時代からその存在は知られていましたが、1992年に野球場の建設が計画されたことをきっかけに本格的な発掘調査が行われ、その重要性が明らかになりました。

42ヘクタールという広大な敷地からは、竪穴建物や高床倉庫、そしてこの遺跡のシンボルとも言える、巨大な柱を使った掘立柱建物の跡が見つかっています。

縄文人たちが、豊かな森と海の恵みを生かしながら、計画的に集落を作り、定住して暮らしていたという事実は、縄文時代のイメージを大きく変える発見でした。

2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」として、世界文化遺産にも登録されています。

今も続けられている発掘調査を通じて、はるか昔の人々の暮らしぶりが、少しずつ明らかになっていく。その過程そのものが、この遺跡の大きな魅力です。

八甲田山

八甲田山は、青森市の南に連なる、火山群の総称です。日本有数の豪雪地帯として知られ、この山は、日本の登山史上でも最大級の悲劇が起きた場所としても、深く記憶されています。

1902年、青森歩兵第五連隊の210名が、雪の中を進む訓練の途中で遭難し、なんと199名もの命が失われるという、痛ましい事故が起きたのです。

この事故は、後に小説や映画の題材にもなり、今も多くの人にその教訓が語りつがれています。麓には、この史実を伝える資料館があり、当時の様子を今に伝えています。

一方で、八甲田山は、雄大な山岳風景と、豊かな高山植物にも恵まれた場所です。

ロープウェーを使えば、山頂付近まで気軽に登ることができ、秋には燃えるような紅葉、冬には木々が雪と氷におおわれる樹氷という、幻想的な景色を楽しむことができます。

厳しい歴史と、雄大な自然が同居する、青森県の奥深さを象徴する山です。

酸ヶ湯温泉(ひば千人風呂)

酸ヶ湯温泉は、八甲田山の中腹、標高約900メートルの場所にある、約300年の歴史を持つ秘湯です。

その昔、傷ついた鹿がこの湯にひたって傷をいやしているのを、猟師が見つけたことから「鹿湯」と呼ばれ、後に、強い酸性の泉質から「酸ヶ湯」という名前に変わったと伝えられています。

この温泉最大の見どころは、名物である「ひば千人風呂」です。

柱を1本も使わずに建てられた、総ヒバ造りの大浴場は、約160畳もの広さを誇り、天井までの高さは約4メートルにもおよびます。

白く濁った強い酸性の硫黄泉が、こんこんと湧き出すその光景は、まるで異世界に迷いこんだかのような迫力です。

周辺の温泉地の多くが冬に休業する中、酸ヶ湯温泉は通年営業を続けており、雪深い八甲田観光の、大切な拠点として旅人を迎え入れ続けています。

十和田湖

十和田湖は、青森県と秋田県にまたがる、日本でただ1つの二重カルデラ湖です。

今から22万年前に活動を始めた十和田火山が、幾度もの巨大な噴火をくり返し、火山体の中心部が陥没することで、この壮大な湖が作り出されました。

湖面の標高は約400メートル、最大水深は326.8メートルにおよび、これは日本の湖の中でも3番目の深さです。

周囲には、標高200メートルから600メートルほどの外輪山が連なり、その原生林におおわれた山々が、鏡のように澄んだ湖面に映りこみます。

かつて、この地を訪れた文人が、日本を代表する山として富士山を、日本を代表する湖として十和田湖を挙げたほど、その美しさは、古くから多くの人の心をとらえてきました。

春の新緑、秋の紅葉と、季節ごとにまったく違う表情を見せてくれる、青森県を代表する景勝地です。

乙女の像

乙女の像は、十和田湖の湖畔、御前ヶ浜に立つ、2体のブロンズ像です。詩人であり彫刻家でもあった高村光太郎が手がけた、最後の作品として知られています。

水面に映る自分の姿を見つめ合うかのように向きあう、2つの裸像の姿は、静かな湖の景色に、不思議なほど美しく溶けこんでいます。

この像の顔のモデルは、高村光太郎の最愛の妻であった智恵子だとも言われています。

病弱だった妻を想いながら制作したと伝えられるこの像には、原始林の圧力に耐えながら、いつまでも黙って立ち続けてほしいという、彫刻家自身の詩も添えられています。

湖畔に設置されてから60年以上がたった今も、その静かなたたずまいは、訪れる人の心にそっと語りかけてくるのです。

奥入瀬渓流

奥入瀬渓流は、十和田湖から流れ出る奥入瀬川が作り出す、東北屈指の渓谷美を誇る渓流です。

子ノ口から焼山まで、約14キロメートルにわたって続くこの渓流沿いには、遊歩道と車道が並んで整備されており、大自然の中をゆったりと歩いてめぐることができます。

十和田湖から流れ出る川は、この奥入瀬川ただ1つだけです。だからこそ、湖の水が静かに姿を変えながら渓谷を下っていく、その一部始終を、まるごと目撃することができます。

春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉、そして冬の氷瀑と、四季それぞれにまったく違う魅力を見せてくれることも、この渓流が長く愛され続けてきた理由です。

苔むした岩と、幾筋にも分かれて流れ落ちる清らかな水の音が織りなす景色は、歩けば歩くほど、心が洗われていくような感覚を与えてくれます。

銚子大滝

銚子大滝は、奥入瀬渓流の本流にかかる、ただ1つの滝です。高さは約7メートル、幅は約20メートルにおよび、水音高らかに水しぶきを上げる、堂々とした姿を見せてくれます。

この滝の名前は、十和田湖をお銚子に見立てたとき、この場所がちょうど注ぎ口にあたることから名づけられたと言われています。

長い間、この滝が十和田湖への魚の遡上をはばんできたことから「魚止めの滝」とも呼ばれてきました。

木漏れ日が水しぶきに差しこむと、幾筋もの光の筋が浮かび上がり、まるで滝全体が輝いているかのような、幻想的な光景を作り出します。奥入瀬渓流の中でも、ひときわ存在感を放つ、渓流随一の名瀑です。

雲井の滝

雲井の滝は、奥入瀬渓流の中流域にある、高さ20メートルの滝です。うっそうとした森林に囲まれた断崖を、3段になって流れ落ちるこの滝は、豊かな水量を誇り、銚子大滝と人気を分けあう名瀑として知られています。

滝つぼのすぐ近くまで歩いて行けることも、この滝の大きな魅力です。

降りそそぐ水しぶきと、体を包みこむような清らかな空気を全身に浴びれば、日ごろの疲れが、すっと洗い流されていくような感覚を味わえます。写真を撮る人々でにぎわう、絶好の撮影スポットでもあります。

阿修羅の流れ

阿修羅の流れは、奥入瀬渓流を代表する景勝地です。数えきれないほどの巨岩に、激しい水の流れが次々とぶつかりあい、まるで荒れ狂うかのような迫力ある景観を作り出しています。

その荒々しさと美しさが、まさに阿修羅という名にふさわしいことから、この名前がつけられました。

観光ポスターや旅番組でも、たびたび紹介される景色でありながら、実際にその場に立つと、写真では伝わりきらない、水の音と岩の存在感に圧倒されます。

奥入瀬渓流と聞いてまず思い浮かべる景色として、多くの人の記憶に残る、渓流いちばんの見どころです。

弘前城

弘前城は、津軽藩の初代藩主である津軽為信が築城を計画し、2代藩主の信枚の時代に完成させた、津軽地方を代表する名城です。

現存する天守としては日本最北端に位置し、国の重要文化財にも指定されています。約260年もの長きにわたって、津軽藩の政治や文化の中心として、この地の発展を支えてきました。

弘前城最大の魅力といえば、なんといっても桜です。園内には約5000本もの桜が咲きほこり、満開の時期には、天守閣と桜が織りなす景色が、息をのむほどの美しさを見せてくれます。

下乗橋から見上げる、朱塗りの欄干と天守閣の組みあわせは、絶好の撮影スポットとして知られています。

本丸から見わたす、雪をかぶった岩木山の姿もまた格別で、四季を通じて表情を変えながら、訪れる人々の心をとらえ続けているのです。

岩木山(津軽富士)

岩木山は、弘前市の南西にそびえる、標高1625メートルの活火山です。

青森県の中でも最も高いこの山は、山頂に雪をかぶった美しい姿から「津軽富士」という愛称で呼ばれ、津軽の人々から古くから親しまれ、信仰の対象にもなってきました。

弘前城の本丸から見わたす岩木山の姿は、桜と天守閣とともに、弘前を代表する景色の1つです。

山のふもとには、津軽藩主が新田を開くために作らせた、歴史ある富士見湖が広がっています。

この湖にかかる、総ヒバ造りとしては日本一の木造橋である鶴の舞橋からは、湖面に翼を広げたような橋の姿と、その奥にそびえる岩木山を、同時に楽しむことができます。

津軽の大地を静かに見守り続けてきた、この地方の象徴とも言える山です。

大鰐温泉

大鰐温泉は、弘前から電車でわずか10分ほどの場所にある、開湯からおよそ800年という長い歴史を持つ温泉地です。

あじゃら山のふもと、平川のほとりに広がる温泉街には、どこか懐かしい風情が漂っています。

長い歴史の中で使われ続けてきた共同浴場は、改築を重ねながら、今もなお地域の人々に愛され、一般の観光客も入浴を楽しむことができます。

近くには大鰐温泉スキー場もあり、冬にはスノースポーツを楽しんだあとに、雪見風呂で体をあたためるという、この土地ならではの贅沢な過ごし方ができます。

城下町弘前からのアクセスの良さと、昔ながらの湯治文化を今に伝える温かみが、大鰐温泉の大きな魅力です。

国立公園の十和田八幡平

十和田八幡平国立公園は、青森県、岩手県、秋田県の3つの県にまたがる、北東北を代表する国立公園です。

1936年、十和田地区だけが十和田国立公園として指定され、1956年に八幡平地域が加わり、今の名前になりました。

十和田湖や奥入瀬渓流、樹氷で名高い八甲田山を含む十和田八甲田地域と、湖沼や湿原が広がる火山地帯である八幡平地域という、2つの個性豊かなエリアから成り立っています。

神秘的な美しさを持つ十和田湖と、四季折々の表情を見せる奥入瀬渓流は、国の特別名勝及び天然記念物にも指定されています。豊かな温泉に恵まれていることも、この国立公園の大きな魅力です。

国立公園の三陸復興

三陸復興国立公園は、青森県の南部から宮城県の牡鹿半島まで続く、三陸海岸一帯を占める国立公園です。

もともとは陸中海岸国立公園という名前でしたが、2011年に発生した東日本大震災からの復興と、その記憶を伝えていくことを目的として、2013年に今の名前へと改められました。

青森県内では、八戸市の種差海岸と、その南に連なる階上岳が、この国立公園の一部となっています。

種差海岸は、奇岩が並ぶ岩場と砂浜が続く、変化に富んだ海岸線で、500種類を超える山野草が咲きほこることから「花の渚」とも呼ばれています。

豪壮な断崖が連なる北の姿と、美しい海岸植物が織りなす景色は、東日本の国立公園の中でも数少ない、本格的な海岸公園ならではの魅力です。

蕪島(ウミネコ繁殖地)

蕪島は、八戸市にある小さな島です。面積はおよそ1.8ヘクタール、高さは約17メートルという小ささでありながら、この島には、驚くべき数の命が集まってきます。

毎年2月の終わりごろになると、およそ3万羽から4万羽ものウミネコがこの島に飛来し、産卵や子育てを行うのです。

断崖絶壁や離島でひっそりと営巣することが多いウミネコの繁殖を、これほど間近で観察できる場所は、全国でもここだけです。

5月になると、島全体に菜の花が咲きほこり、鮮やかな黄色と、真っ白なウミネコ、そして青い空とのコントラストが、絵のような光景を作り出します。

島の頂上に立つ蕪嶋神社は、1296年の創建と伝えられ、漁業安全のご利益で古くから信仰を集めてきました。

2015年の火災で社殿を失いながらも、多くの人の想いによって2020年に再建された、その歩みそのものが、この土地の人々の強さを物語っています。

種差海岸

種差海岸は、八戸市に広がる、全長およそ12キロメートルの美しい海岸線です。

奇岩が連なる岩浜と、やわらかな砂浜が入りまじり、初夏から秋にかけては、500種類を超える山野草が咲きほこることから「花の渚」とも呼ばれています。

天然の芝生地が海沿いに広がる、他ではなかなか見られない景観も、この海岸ならではの魅力です。

かつては、名だたる画家や文人たちにも愛され、この地の美しさを描いた作品が、今も数多く残されています。

太平洋の荒々しい波の音を聞きながら、緑の絨毯の上を歩けば、心の底から解き放たれるような、清々しい気持ちに包まれます。

世界遺産の白神山地

白神山地は、青森県と秋田県にまたがる、約13万ヘクタールという広大な山岳地帯です。

ここには、人の手がほとんど加わっていない、世界最大級のブナの原生林が今も残されています。1993年、日本で初めての世界自然遺産として、屋久島とともに登録されました。

この森が今の姿になったのは、最後の氷河期が終わったおよそ8000年前のことだと言われています。

それから変わることなく続いてきた、原始のままの自然の姿が、白神山地には息づいているのです。

落ち葉が積み重なってできた、ふかふかの地面の下には、深い腐植の層が広がり、山全体がまるで巨大な天然のダムのような役割を果たしています。

ブナの森を歩くと、木々の葉のすき間から、シャワーのように緑の光が降りそそぎ、清らかな水が至るところから湧き出てきます。

特別天然記念物のニホンカモシカや、貴重なイヌワシ、クマゲラといった生き物たちを育みながら、はるか昔から変わらぬ命の営みを続けている、まさに「神々の住む森」と呼ぶにふさわしい場所です。

青森ねぶた祭

青森ねぶた祭は、毎年8月2日から7日にかけて開催される、青森市を代表する夏の一大行事です。

奈良時代に中国から伝わった七夕の灯籠流しと、津軽に伝わる古くからの風習が結びつき、長い年月をかけて、今の壮大な姿へと発展してきたと言われています。

仙台七夕まつり、秋田竿燈まつりと並んで「東北三大祭り」の1つに数えられ、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。

祭りの主役は「人形ねぶた」と呼ばれる、武者や神話の登場人物をかたどった、巨大な灯籠です。

針金で骨組みを作り、和紙を貼って極彩色に彩られたその姿は、高さ約5メートル、幅約9メートルにもおよびます。

ねぶた師と呼ばれる職人が、丸1年をかけて作り上げる、まさに動く芸術作品です。

夜の闇の中、内側からこうこうと照らされたねぶたが、太鼓や笛の音とともに練り歩く姿は、見る者すべての心を奮い立たせます。

花笠と鈴を身につけた跳人たちが「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声とともに飛び跳ねる姿も、この祭りの大きな魅力です。

決められた衣装さえ着れば、誰でも跳人として参加できることから、見る人も踊る人も、境界線なく一体となって熱狂できる、稀有な祭りだと言えます。

最終日の夜には、受賞したねぶたが海上を運行し、1万発を超える花火とともに、祭りは最高潮を迎えます。

郷土料理のじゃっぱ汁

じゃっぱ汁は、青森県津軽地方に古くから伝わる、タラを使った郷土料理です。

「じゃっぱ」とは、津軽の方言で「雑把」を意味し、魚をおろしたときに出る、頭や骨、皮、内臓といった、本来なら捨てられてしまう部分のことを指します。

この捨てるはずの部分を、無駄なく丸ごと生かして作る汁が、じゃっぱ汁なのです。

津軽地方では、タラは大晦日や年越しに欠かせない「年取り魚」として、特別に大切にされてきました。

「鱈正月」という言葉が残っているほど、正月とタラは切っても切り離せない存在だったのです。

かつては、大きなタラを丸ごと1匹買い、雪道を引きずりながら家路につくという光景が、津軽の冬の風物詩でした。

骨についた身や、肝、白子から出る濃厚な旨味が、味噌仕立ての汁にじんわりと溶けこみ、冷えきった体を芯からあたためてくれます。

手間をかけずに作れる豪快さと、栄養満点で体にやさしいところが、この料理が長く愛され続けてきた理由です。

郷土料理のいちご煮

いちご煮は、八戸市や階上町といった青森県の太平洋沿岸に伝わる、ウニとアワビだけで作る、贅沢なお吸い物です。

その始まりは、漁師たちが海で獲ったばかりのウニやアワビを、浜でそのまま豪快に煮て食べた、素朴な料理だったと伝えられています。

やがて大正時代になると、地元の老舗料亭がこの料理をお客さまに提供するようになり、格式高い郷土料理として、広く知られるようになりました。

乳白色に仕立てられた汁の中に、ぷかぷかと浮かぶ黄金色のウニの姿が、まるで朝もやにかすむ野いちごのように見えたことから「いちご煮」という、なんとも風流な名前がつけられたのです。

今では、結婚式などのお祝いの席に欠かせない、特別な一皿として、地域の人々に大切に受けつがれています。青ジソの香りが漂う、上品でありながら贅を尽くしたその味わいは、まさに海の恵みそのものだと言えます。

青森県を訪れる外国人観光客の国籍・傾向

青森県を訪れる外国人観光客の数字を見ると、その勢いは今、はっきりと形になっています。

2025年1月から10月までの外国人延べ宿泊者数は42万4710人泊にのぼり、これはすでに過去最多だった前の年の年間合計を上回る数字です。

月別で見ると、1月から10月までのすべての月で前の年を上回っており、特に冬の時期の伸びが目立ちました。

国や地域別に見ると、台湾が13万6580人泊と最も多く、その次に中国、韓国と続いています。

中でも台湾は、東北全体で見ても最大のシェアを持つ、青森県にとって特に大切な存在です。この背景には、青森空港と台北を結ぶ飛行機の存在があります。

2024年10月に運航が再開されたこの路線は、その後も便数を増やし続けており、青森県への観光客の伸びを、大きく後押ししています。

台湾からのお客さまに加えて、香港やアメリカからのお客さまが多いことも、青森県ならではの特徴です。

全国的な傾向と比べると、アメリカからのお客さまの割合が高いことが、青森県の際立った個性だと言えます。

世界自然遺産の白神山地や、雄大な十和田湖、そして力強い青森ねぶた祭といった、他の地域では味わえない自然と文化の魅力が、欧米からのお客さまの心をとらえているのではないかと考えられます。

もう1つ、見逃せない動きがあります。それは、これまで課題とされてきた冬の時期にも、外国人観光客がしっかりと増えているということです。

八甲田山の樹氷や、雪におおわれた弘前城、白く染まった十和田湖といった、雪国ならではの幻想的な景色が、新しい季節の魅力として注目され始めているのです。

こうした数字が示す通り、青森県のインバウンドは、台湾を中心としたリピーターの多いアジアの市場と、白神山地やねぶた祭といった独自の魅力にひかれる欧米の市場という、複数の異なる流れが重なりあいながら、今まさに大きく育っている最中です。

事業者が知っておきたい青森県特有の受け入れポイント

ここまで見てきた青森県の観光地や、観光客の傾向をふまえて、実際にどんな受け入れの工夫ができるのか、具体的にお伝えします。

まず大きな特徴として意識したいのが、台湾からのお客さまが、青森県にとって特に大切な存在だということです。

青森空港と台北を結ぶ飛行機の存在は、これからも青森県への観光客を支える大きな力になります。

繁体字のメニューや案内表示を用意すること、簡単な中国語のあいさつを覚えておくことは、それだけでお客さまに大きな安心感を与えることができます。

次に意識したいのが、青森県では、アメリカをはじめとした欧米からのお客さまの割合が、全国的な傾向と比べても高いという特徴です。

こうしたお客さまは、世界自然遺産の白神山地や、力強い青森ねぶた祭といった、他の地域では味わえない自然と文化に強い関心を持っています。

英語での丁寧な説明はもちろんのこと、その土地の自然や歴史がどのように育まれてきたのかという、背景にある物語を伝える工夫が、欧米のお客さまの心を動かす大きな鍵になります。

もう1つ、これから大きな伸びしろとなるのが、冬の観光需要です。

八甲田山の樹氷や、雪におおわれた弘前城、白く染まった十和田湖など、雪国ならではの幻想的な景色は、これまであまり注目されてこなかった、新しい魅力です。

冬季に営業を続けている酸ヶ湯温泉のような場所を積極的に紹介したり、防寒対策をしっかり案内したりすることで、これまで観光客の少なかった季節にも、しっかりとお客さまを呼びこむことができます。

そして、下北半島、津軽半島、八甲田・十和田エリア、弘前エリアと、それぞれまったく違う魅力を持つ地域をどうつなぐかも、大切な視点です。

恐山を訪れたあとに薬研温泉で疲れをいやす、十和田湖をめぐったあとに奥入瀬渓流を歩くといった、エリアをまたいだモデルコースを提案することで、滞在時間を延ばし、消費額を増やすことにつながります。

最後に、じゃっぱ汁やいちご煮といった、青森県ならではの食文化を、しっかりと伝える工夫も欠かせません。

いちご煮が結婚式などの祝いの席で振る舞われてきたという歴史を添えて紹介するだけで、料理そのものが、忘れられない旅の思い出に変わります。

青森県の観光地で使える補助金・支援制度

インバウンド対応を進めるには、費用がかかります。ここでは、青森県の事業者が活用できる、代表的な補助金や支援制度をご紹介します。

補助金の内容や金額は毎年見直されるため、実際に申請する際は、必ず最新の情報を公式の窓口で確認してください。

青森県観光産業チャレンジサポート事業費補助金

これは、青森県が用意している補助金です。

県内の観光産業に関わる事業者や団体が抱える課題の解決や、収益力の向上に向けた挑戦を支援してくれる制度で、これから観光業に新しく参入する方の挑戦も後押ししてくれます。

生産性向上や、地域資源を活用した観光コンテンツの開発、外国人観光客にもやさしいユニバーサルツーリズムへの対応、情報発信や景観整備など、対象になる取り組みの幅はとても広いことが特徴です。

補助対象経費の2分の1、もしくは200万円のいずれか低い額が補助され、これまで12件程度が採択されてきました(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

弘前市インバウンド対応強化事業費補助金

弘前市など、青森県内の各市町村でも、独自の補助金が用意されています。

例えば弘前市では、外国人観光客の来訪者数や観光消費額の増加、利便性の向上につなげるため、受け入れ環境の整備や誘客促進に関する取り組みに対して、補助金を交付する制度があります。

弘前市内で観光や宿泊、飲食、交通に関わる事業を営んでいる方であれば、幅広く申請の対象になります。

弘前城や岩木山といった、独自の観光資源を持つ地域だからこその、きめ細やかな支援制度だと言えます(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業費補助金

これは、観光庁が用意している全国向けの補助金です。

宿泊施設向けのインバウンド対応支援事業では、Wi-Fiの整備や多言語対応のフロント設備、キャッシュレス決済端末の導入などが対象となります。

全国の事業者が申請できる制度のため、まずはこの補助金から検討してみるのがおすすめです(2026年7月時点の情報のため、内容は変わる可能性があります)。

相談窓口の活用も大切です

補助金は種類が多く、条件も複雑です。どの補助金が自分の事業に合っているのか、判断に迷うことも多いはずです。

そんなときは、商工会や商工会議所、そして中小企業庁が認定する「よろず支援拠点」といった、無料で相談できる窓口を頼るのがおすすめです。

青森県には、世界自然遺産の白神山地や、力強い青森ねぶた祭、そして雪国ならではの幻想的な冬景色まで、他の地域にはない独自の魅力があります。

こうした補助金や支援制度を上手に活用しながら、それぞれの事業者が、外国人観光客を迎える準備を、着実に整えていくことが、これからの青森県の観光をさらに大きく育てていく力になります。

青森県の魅力を世界へ届けるために事業者ができること

青森県には、本州最北端の大間崎や、神秘的な恐山、白い奇岩の仏が浦といった下北半島の絶景、そして世界自然遺産の白神山地や、雄大な十和田湖、力強い青森ねぶた祭まで、他の都道府県にはない、豊かな自然と文化が集まっています。

太宰治にゆかりのある建物や、じゃっぱ汁、いちご煮といった独自の食文化も、青森県の大きな魅力です。

数字が示す通り、青森県の外国人延べ宿泊者数は過去最多を更新し続けており、台湾を中心としたアジアからのお客さまに加えて、白神山地やねぶた祭にひかれる欧米からのお客さまも着実に増えています。

これまで課題とされてきた冬の時期にも、観光客が増え始めていることは、青森県にとって大きな追い風です。

事業者にとって大切なのは、台湾のお客さまに向けた多言語対応、欧米のお客さまに向けた丁寧な物語の伝え方、そして雪国ならではの冬の魅力をどう発信していくかという工夫です。

青森県観光産業チャレンジサポート事業費補助金や、弘前市をはじめとした各市町村の独自の補助金をうまく活用すれば、費用の負担を抑えながら、その準備を進めることができます。

青森県が持つ本州最北の地ならではの雄大な自然と、深い歴史に、事業者1人ひとりの丁寧な受け入れの工夫が積み重なったとき、青森県はさらに多くの外国人観光客に選ばれる場所になっていくはずです。

青森県のオススメの食べ物

まず外せないのが、青森りんごです。日本のりんご生産量のおよそ半分を、青森県だけで作っているというから驚きです。

品種によって甘さや酸味、食感がまったく違って、ふじやジョナゴールド、王林など、食べ比べる楽しみも格別です。

蜜がぎっしり詰まった一玉をかじった瞬間の、あのシャキッとした音と、あふれる果汁は、何度食べても感動します。

海の幸では、大間のマグロが圧巻です。津軽海峡の荒波にもまれて育った大間産のクロマグロは、脂のノリと身の締まりが絶妙で、「黒いダイヤ」と呼ばれるのも納得の味わいです。

八戸のいちご煮も、ぜひ味わってほしい一品。ウニとアワビだけで作る贅沢なお吸い物で、上品な磯の香りが口いっぱいに広がります。

結婚式などのお祝いの席で振る舞われてきたという歴史を知ると、ひと口ひと口が、より特別なものに感じられます。

体の芯からあたたまりたいなら、津軽地方のじゃっぱ汁がおすすめです。タラの頭や骨、内臓まで丸ごと使う、豪快で滋味あふれる汁で、雪深い津軽の冬を生きぬいてきた人々の知恵がぎゅっと詰まっています。

そして、青森を訪れたら絶対に見逃せないのが、りんごを使ったお菓子やシードルです。

りんごの爽やかな香りと甘みが凝縮されたシードルは、食事とも相性抜群。青森県は、まさに大地と海、両方の恵みを思う存分楽しめる、食の宝庫だと言えます。

この記事を書いた人

旅行、観光、IT・Webマーケティングの仕事に25年ほど携わってきた40代。現在はインバウンド対応に悩む店舗・宿泊施設の方々に向けて、実際に使えるツールや方法をまとめています。導入コストや使い勝手を含めて丁寧に検証することを心がけています。